※走り抜け〜10年後



調査兵団団長であるジャンの部屋の前を通りがかったら、ちょうどめんどくさそうに頭をかきながら部屋から出て来たジャンと目が合った。
お前今暇か、暇だよなと一方的に決め付けられアルミンに渡しとけと一枚の書類を渡された。
結構大事な書類だからなくすなよと念を押されたけど私ってそんなに信用ないのか。
しかもこれってパシリじゃないかと思ったけど行き先がアルミンの所だからまぁいいか。むしろ歓迎。用がなくても入り浸ってるけど。

部屋の前に着いて一応扉をノックする。親しき中にも礼儀あり。
いつもならはい、と声が聞こえるのにしばらく待ってみても今日はそれがない。
いないのかな、と思って扉を開けると、窓際の執務机についている背中が目に入った。
ここからだと顔が見えないけど微動だにしないからもしかして寝てる…?
部屋に入り物音を立てないように近付いて顔を覗き込むとやっぱり寝ていた。
片肘をつき握った拳をこめかみにあてて静かに眠る姿はすごくかっこいい。アルミンならもう何でもかっこよく見えるのは一種の病気のようなものかもしれない。
だけどあどけない寝顔は昔の頃のアルミンの面影も残っていて可愛い。
睫毛は長いし太めの眉は凛々しいし少し低めの鼻は愛嬌があるし髪はさらさらだしなんていうかもうアルミンを形作る全てが愛おしい。末期だ。
持って来た書類は机の上に置いておいたけどこのまま帰るのも寂しいし、かと言って起こすのも気が引けるからちょっとだけ悪戯しちゃおうとそーっと顔を近付けて、寝ているアルミンの無防備な頬にちゅ、と口付けた。
秘密の悪戯ってわくわくするしドキドキする。
一人で照れながら満足して体を離そうとしたら、いきなりぐい、と腕を引っ張られて体が傾いた。

「え、え!?」

突然のことにびっくりしていると目の前にぱっちりと目を開けたアルミンの顔が映った。
片膝はアルミンの座っている椅子に、もう片方の足は踏ん張って床につき椅子に半分乗っかった状態で視線のちょっと下のアルミンを凝視する。

「お、起きてたの!?いつから!?」
「ナマエが部屋をノックした時から、かな」
「一番最初!なんで寝たフリしてたの…!」
「…なんとなく?」
「ばかー!アルミンのばか!恥ずかしい!」

全部ばれていたのかと思うと恥ずかしすぎて顔から火が出そう。
まさか自分がこんな、寝ている人に悪戯してみたものの実は起きてましたなんてお約束なパターンを経験するとは。
恥ずかしついでに両手をアルミンの肩に置いて乗っかっているこの状態は私がアルミンを襲っているみたいで居た堪れなくなる。誰かに見られたらどうするんだ。
と言ってもここはアルミンの部屋だからそうそう人が入ってくることはないけれど。
とりあえずアルミンの上から退こうと床についている方の足に力を入れようとしたらするりと腰に両手が回ってきて身動き出来なくなる。
この状況は一体何ですか。

「ナマエ」

心臓をばくばくさせている私を余所に、アルミンの宝石みたいな青い瞳がゆらりと揺れて私をじっと見つめた。

「もう一回してよ」
「……何を」
「キス」

悪戯をするような不敵な表情で言われて胸が更にどきどきと鼓動を早める。

「…忘れて下さい」
「どうして?」
「恥ずかしいから」
「ナマエは前よりもよく照れるようになったよね」
「…誰かさんのせいでね」

昔に比べて随分積極的で格好良くなったアルミンに翻弄される日々。
大歓迎だけど心臓が持たない。

「してくれる?」
「…やだ」
「嫌なの?傷付くなぁ」

楽しそうに笑いながらそんなことを言われても全然傷付いてるようには見えない。

「とりあえず離してくれたら考える」
「やだ」

にこにこと微笑みながらさっき私が放った拒否の言葉がおうむ返しのように返ってきて一瞬くらりと眩暈がする。
アルミンは時々意地悪になる。
そういう時は大抵私の反応を楽しんでるか、疲れているかのどちらかなんだとこの長い年月を一緒に過ごして来て知った。
昔はどんなに疲れていてもそれをあまり表面には出さないようにして自分のことよりも他人を気遣っていたから、素を曝け出して心を許してくれるようになったのかなと嬉しくもあるけれど。

「アルミン疲れてる?」
「ちょっとだけね」
「お疲れのところ申し訳ないけどジャンから書類を預かってきたよ」
「ありがとう。後で目を通しておくよ」

後で。後でか。
穏やかに微笑みながら私をじっと見つめるその表情は笑ってはいるけれど離すつもりはないらしい。
キスなんてもう何回もしてるしそれ以上のことだって…してるけど…絶対に寝てると思い込んであんな悪戯をした後だと恥ずかしくて躊躇してしまう。数分前の自分殴りたい。
途方に暮れていたらアルミンの顔が近付いてきて、慌ててぎゅ、と目を瞑った。
そっと唇が触れ合って、その柔らかさを確かめるみたいに何度も口付ける。
ぺろり、と生暖かい舌が悪さをするみたいに私の唇を舐め上げてきて背中がぞくぞくと震えた。思わず少しだけ開いた隙間に舌が侵入してきて慌てて自分のそれを引っ込めてみたけれどあっさりと絡め取られる。

「んっ……ふぁ」
「……は、」

足に力が入らなくなってアルミンの太ももを挟むみたいに座り肩に置いていた両手を首に回した。
すると私の腰に回っていた両手にぐっと力が込められて引き寄せられ距離が更に近くなる。
お互いの荒い息遣いとか舌が絡み合う音とか感触とか、もうなんだか全部が気持ち良くってどうしようもない。
少しだけ目を開けてみたら眉根を寄せた切なげな表情がすごく色っぽくて思わずどきりと胸が高鳴る。
ああもう。何でこんなに好きなのかなぁ。自分でもよくわからないや。
どちらからともなく顔を離すと満足気に微笑む表情が目に入って来てなんだか腹立たしい。悔しい。かっこいい。

「あの調子だといつまでたってもしてくれなさそうだったから」
「…私とキスしたかったの?」
「先にしてきたのはどっちだったっけ」
「……」

ちょっと優位に立とうと思って言ってみたけど私ごときがアルミンに口で勝とうなんて百年早かった。

「…アルミンって結構Sっ気あるよね」
「ナマエにだけね」

やられてばっかりで癪なので些細な抗議をしてみたけれど、あっさりとそう返されて喜べばいいのか怒ればいいのか嘆けばいいのかわからない。

「ナマエの反応が面白いからつい」
「ひどい!」
「それにナマエが可愛いことするから」
「か、可愛いことって…」
「まさか寝込みを襲われるなんて思わなかったよ」
「だって……」

本当にちょっとした出来心だったんだもん。
視線を落とし口を尖らせてもごもご言ったら頭を柔らかくゆるゆると撫でられた。

「意地悪してごめん」

そう言って眉を下げて笑いながら律儀に謝るアルミンはやっぱりとことん優しい。
これ以上ないってくらい好きなのに、もっともっと好きになってその気持ちは上限なんかないみたいに飽きることを知らない。
首に回したままだった両手をぎゅっと引き寄せるようにして抱き付いた。



からくてあまいくちづけを
君が可愛いからつい意地悪したくなってしまうんだ





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