※短編『小さな楽園』の続き



記憶にはないけれど、ハンジ分隊長に怪しげな薬を飲まされて身体も中身も子供になってしまった事件から数日後。
今度はナマエさんが小さくなってしまった。
興奮した様子で小さな女の子を抱きかかえて僕のところにやってきたハンジ分隊長は、ナマエが小さくなった!とご丁寧に報告にやってきた。
…誰か嘘だと言ってくれ。

「作戦成功だよアルミン!」
「な……」

目をキラキラさせたハンジ分隊長が僕の方に身を乗り出しながら弾んだ声音でまくし立てる。

「あの薬の複製を作ってみたはいいけど正直自信がなかったんだよね。なんせ薬自体はほとんどアルミンに使っちゃったし。でもこれは成功ってことでいいよね!?見事なまでの幼児っぷりだよナマエ!」
「な、なんでナマエさんに飲ませたんですか…!」
「そりゃあ自分で摂取したかったけどその間の記憶はないらしいしそれだと研究出来ないだろ?ナマエの紅茶に入れて正解だったよ。前回のこともよく知ってるから説明が省けるしね」

最近ハンジ分隊長が自室に篭って何やら熱心に研究しているのは知っていたけどまさかあの薬を自分で作っていたなんて。
巨人の研究はどうしたんだろう…。

「というわけでアルミン、私はこれから研究結果をまとめるからナマエのことは頼んだよ」
「え…えええ!?」

じゃ!と良い笑顔で嵐のように走り去って行ったハンジ分隊長を追いかけることも出来ずに、ぽつんと取り残された僕は恐る恐る隣に立っている小さな女の子を見下ろした。

「えーと…」

小さくなっても面影は残っているし前回のことがあるからナマエさんだということは疑いようがない。
だけどとりあえず本人確認から始めてみることにする。

「あの…ナマエ…さん?」
「?ナマエはナマエだよ?」
「ナマエ、ちゃん」

小さい子にさん付けもどうかと思ったので恐れ多くもそう呼んでみると、ぱあ、と顔を輝かせてきらきらした笑顔を向けてきた。うわぁ。可愛いなぁ。

「なぁに?えーっと…」

そう言えば自分の名前を言ってなかったな、と慌てて自己紹介をする。

「僕はアルミン。アルミン・アルレルトだよ」
「アルミン!ねぇ、あのメガネのひとはどこにいったの?」
「あの人は…お仕事をしに行ったんだ」

…嘘はついてないはずだ。

「じゃあアルミンがナマエとあそんでくれる?」

少し不安そうに首を傾げて僕を見上げる表情にどき、と心臓が高鳴った。

「も、もちろん」

そう言うとにっこり微笑んで僕の左手をきゅ、と握ってきた。
うわ、どうしよう、すごく可愛い。
落ち着け、この子はナマエさんと言っても記憶はないし何より小さな子供だ。いつものナマエさんじゃない。
とにかく今はハンジ分隊長に任されてしまったし、僕が小さくなった時ナマエさんにはお世話になってしまったから、しっかりとこの子の面倒を見なければ。
左手の中の小さな手を握り返した。



********************



手を繋ぎながら廊下を歩き、さてどうしようかと考える。
とりあえず僕が小さくなった時の薬の効果は半日ほどだったと聞いたから今回もそれぐらいだと願う他ない。
小さいナマエさんはとても可愛いけど、戻らないと流石に色々と困るだろう。

「ナマエさん…じゃなかった。ナマエちゃんは何をして遊びたいの?」
「うーんとね、だっこ!して?」

両手を広げてぴょんぴょん飛び跳ねながら抱っこをせがむ姿を見てしまったら断るなんて選択肢は存在しない。ふにゃりと顔が緩んでしまう。
しゃがみ込んでから彼女の両脇の下に手を入れてよいしょ、と持ち上げると小さな身体がふわりと浮いた。
きゃーと歓声を上げて喜んでいる姿を見たらなんだか僕まで楽しくなってしまう。

「ご機嫌だね」
「ごきげん!」

きゃっきゃっとはしゃぐナマエさんは無邪気で愛らしい。
大人のナマエさんも時々子供のようにはしゃいだり天真爛漫に振る舞うことがあるけれど人ってどんな状況でも根本的なところは変わらないんだなとしみじみ実感する。

二人揃ってにこにこしながら歩いていたら、前からよく知った二人組が歩いて来るのが目に入った。
まずい。これは面倒なことになると思ったけど一本道の廊下では今更隠れる場所もない。
不自然に立ち止まった僕をナマエさんが不思議そうな顔をして見た。

「?あれ?アルミンじゃないですか」
「おーホントだ。よ、アルミン」
「ん!?その子誰ですか!?」
「えーっと…」
「ま、まさか…お前の子供か!?」
「えぇ!?隠し子!?」

ほら、面倒なことになった。ある意味今一番会いたくなかった二人だ。

「サシャとコニー、落ち着いてよ。僕に子供がいるわけないだろ…」
「だってすごく仲良さそうじゃないですか」
「アルミンとナマエはなかよしだよ!」
「ほらやっぱり!ん?ナマエ?ナマエさんと同じ名前?」
「まさか…ナマエさんとの子供…!?お前らいつの間にそんな関係に…」
「ち、違うってば!」

何でそうなるんだ…!
抱っこしているナマエさんが僕のほっぺたをぺたぺた触って「アルミンほっぺまっか〜」なんて言うから更に恥ずかしくなってしまう。勘弁してくれ…!

「まぁそれは置いといて…。それにしても可愛いですね!」
「そうだな。ここには変な奴がいっぱいいるからなー攫われないように気をつけろよ」

サシャがまじまじとナマエさんを見つめてコニーが頭をぽんぽん撫でてた。
首をちょこんと傾げたナマエさんが僕を見上げる。

「さらわれる??」
「…とにかく二人とも、誤解だからあんまり言いふらさないでくれよ。詳しい話は今度するから」
「おう。じゃ、お幸せにな!」
「ナマエさんにもよろしくお伝えください!」

全然駄目だ。
今説明しても余計こんがらがるに決まってるからまた改めて二人には説明する必要があるな…。
はぁ、と大きく溜め息を吐いてから二人と別れた。



********************



「アルミンだいじょうぶ?」

二人のおかげで疲れ切ってしまったのが顔に出ていたらしく、ナマエさんに心配されてしまった。
いけないいけない、と笑顔で向き直る。

「ごめんね、大丈夫だよ」
「だっこつかれた?」
「ううん、疲れてないよ」
「ナマエがアルミンだっこする?」
「ふふ。それはちょっと難しいかも」

小さいなりに気を使ってくれたのがなんだか嬉しくて、その優しさに胸がほっこり暖かくなる。

「あのね、」
「ん?」

ナマエさんは小さい手を僕の耳元に持ってきて、内緒話をするみたいにこしょこしょと小声で告げた。

「アルミンだいすき」
「…ありがとう。僕もだよ」
「ナマエのことすき?」
「好きだよ」

…この台詞をいつものナマエさんに言えたなら。
何か変わるんだろうか。
普段から良くしてもらっているけどそれはきっとナマエさんにとっては特に意味のないことなのかもしれない。
会う度にやたらと可愛いだとか食べちゃいたいとか言われるのはナマエさんに全くその気がない証拠なんじゃないだろうか。
余裕のあるナマエさんと余裕のない僕。
いつも年下の僕ばかり弄ばれている気がする。

「……難しいなぁ」
「アルミン?」
「ナマエさんは…どんな姿の時も僕を翻弄するなぁって」
「?」

力なくはは、と笑うとナマエさんは僕の頭をよしよしと撫でた。
小さいナマエさんに愚痴っても仕方がない。
よっ、とナマエさんを持ち直して再び歩き出す。
とにかくまたサシャとコニーのように誤解されたら面倒だし、なるべく人があまりいない所に行こう。
かと言って僕の部屋に行くのも気が引ける。
僕が小さくなった時はナマエさんの部屋に行ったけど、とんでもないタイミングで元の姿に戻ってしまってとにかく恥ずかしくて死にそうだった。
どこに行こう、人が少なくてナマエさんも退屈しない所…と考えているとナマエさんが小さくくしゅ、とくしゃみをした。
寒いのかなと心配になって顔を覗き込もうとしたら、腕にずしりと重みが加わる。

「え、え、」

何がなんだかわからないうちに、みるみるナマエさんの身体が大きくなった。
え、ちょっと待って、まさか…!

「う、わあぁ!?」

さすがに支えきれずその場で倒れる。
倒れた時にお尻を打ったらしくいてて…と呻きながら起き上がろうとするけれど、身体の上に何かが乗っていて起き上がれない。

「……ん?」

僕の上にナマエさんが乗っかっていた。
まずい、これは非常にまずい。
小さい姿だったらどんなに良かっただろう。あっという間に元の姿に戻ったナマエさんが目を白黒させてびっくりしていた。なんてタイミングだ。僕も人のことは言えないけど。

「あ……あれ?私何してたんだっけ?」
「ナマエ……さん」
「ん?あ、アルミン!?えっ…なんでアルミンが下敷きに!?」
「ちょっと色々と事情が…」
「事情?あ、ご、ごめんね重いよね、すぐ退くから」

申し訳なさそうに僕の上から退いたナマエさんは本当に何故こんなことになっているのか見当もつかないらしく、起き上がる僕を困った顔でじっと見ていた。

「何で気が付いたらアルミンの上に乗っかってるなんておいし……ごほん。こんな状況になってるの…。私は一体何を…」
「…落ち着いて聞いて下さい、ナマエさん」

その場に座り込み、さっきのハンジさんとのやりとりから説明し始めたらナマエさんの顔がだんだん険しくなっていった。ちょっと怖いです。

「やられた…!」
「はは…」
「珍しくハンジが紅茶を淹れてくれたからなんだか怪しいなとは思ったんだけど…まさかあの小さくなる薬を自分で作ってたなんて…!」
「僕も驚きました…」
「あ、えっとアルミン、巻き込んじゃったみたいでごめんね。なんにも覚えてないんだけど、私迷惑とかかけなかった…?」
「いえ、そんな。とても良い子でしたよ」
「そう…?ならいいんだけど…。面倒を見てくれてありがとう」

ちょっと恥ずかしそうに頬を染めて笑ったナマエさんは、小さくなっていた時と変わらず魅力的で。
小さくても大きくてもナマエさんはナマエさんなんだ。
今なら言えるかもしれない。
顔を上げてじっとナマエさんの目を見つめた。

「…ナマエさん、可愛かったです」
「え、」
「その…もちろん今も」
「あ、アルミン……!?」

土壇場でやっぱり怖気付いてしまって言いたかったことの一つしか言えなかったけど、顔を真っ赤にしたナマエさんが見れたから今はそれでいいのかもしれない。
いつもと立場が逆転したみたいでちょっと嬉しくなった。

「なんか今日のアルミンいつもと違う…余裕って言うか」

顔は赤いまま、ナマエさんが床を見つめながらもごもごと訴える。

「ナマエさんのおかげです」
「えーっと……そうなの?」
「はい」

笑いながらそう言えばナマエさんは首を傾げて不思議そうな顔をしていた。
小さな女の子との出会いは勇気のなかった僕の背中を押してくれたような気がする。
こんなことを言ったら怒られてしまうかもしれないけどほんの少しだけ、ハンジさんの怪しげな薬に感謝した。



揃った歩幅
いつかきっと伝えますから覚悟していて下さい





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