※短編『恋は盲目』の続き



「おはよう、ジャン」

訓練兵の朝は早い。
ふあ、と大きくあくびをしながら歩いていると後ろから声を掛けられた。振り返ってみるとそこにはナマエがいて、にこにこと笑いながら俺を見ていたから少し戸惑う。
昨日、俺はこいつにいわゆる告白をされた。告白とは言ってもそんな甘いもんでもなく、涙で顔をグチャグチャにしたナマエに縋られ告白のはずなのに何故か貶され本当にお前は俺が好きなのか、もしや罰ゲームか何かじゃないのかと疑いたくなる程の滑稽な出来事だった。
一晩寝て起きて忘れたつもりだったのに、こうしてごく自然に朝の挨拶をされて不覚にも狼狽えてしまう。

「お、おう」
「今日も訓練頑張ろうね」
「…いやお前、普通すぎだろ」
「え?何が?」
「何がって…。昨日、その…お前告ったじゃねぇか、俺に」
「うん」

戸惑う俺とは裏腹に告りましたけど何か?みたいな顔をしているこいつには恥じらいとか羞恥心とかそういうものはどうやら持ち合わせていないらしい。そうだった、こいつは思ったよりも変な奴だった。

「…つーか話し掛けてくんなっつったろ」
「えぇ、ひどいよジャン。恋する乙女の一世一代の大告白をなかったことにしようとするなんて」
「…出来ればなかったことにしてもらえると助かるんだが」
「それはダメだよ。私頑張ることにしたんだ」
「……何を」
「影から見てるだけじゃ何も変わらないって気付いたんだ。だから昨日告白したの。振り向いてもらえるようにこれから頑張るね!」

そんな風に言われたら言葉に詰まって何も言えなくなってしまった。
正直、悪い気はしない、悪い気はしないが…如何せんこいつは変人だ。結構自分勝手で我儘だ。好みのタイプにかすりもしていないし俺がこいつを好きになる確率なんて万が一でもないに等しい。

「あー…お前の気持ちは分かった。だが正直に言って頑張っても無駄だ。俺がお前を好きになることはないからな」
「なんで!?」
「なんでも何も…ないったらないんだよ」
「そんなの分からないよ?何かの拍子にコロっといっちゃうかもしれないし」
「そう簡単にコロっといってたまるか」

自分より頭一つ分程背の低いナマエを蔑むように見下ろすと何故かきらきらした目で俺を見上げてきた。そう言えば昨日、見下した顔がどうとか言ってたな…。
はぁ、と一つ溜め息を吐いてから食堂へ向かう。
こいつと話してると調子が狂うしペースが乱されるしろくなことがない。
足早に歩く俺の後ろからナマエも小動物のようにちょこちょことくっついて来て、もう一つ溜め息をついた。厄介な奴に好かれたな、とどこか他人事ように思う。
今日は良い天気だね、とか今日の訓練も大変そうだね、とかやたらテンションの高いナマエの話に適当に相槌を打ちながら食堂に着くと既に結構な人数が集まっていて、その中に親しい友人を見つけて声を掛けた。

「ようマルコ」
「あぁ、おはようジャン」

俺の姿を確認したマルコは片手を上げながら笑顔を向けて来た。朝から爽やかな奴だな、なんて思っていると次は目を丸くして不思議そうな顔をした。その視線は俺の後ろに向いていて、首を傾げながらその視線の先を追うように後ろを振り向くと俺の背中に隠れるようにしてナマエがひょっこり顔だけ覗かせて俺たちを見ていた。なんだこいつ。つーかまだいたのか。

「ええと…ナマエ?おはよう」

マルコがさっきのように笑顔を向けながらナマエに挨拶をすると、ナマエは下を向きながらおはよう、と小さな声で返した。
なんか様子がおかしくねぇか?

「ナマエと一緒に来たんだ?珍しい組み合わせだね」
「あー、まぁ色々あってな。おい、お前いつまで俺の後ろにいる気だよ」

さっきここに来るまでは一人でべらべらと喋っていたナマエが、食堂に来た途端俺の後ろに隠れ借りて来た猫のように静かになってしまった。一体何なんだ、と疑問に思う。ナマエは心なしかそわそわと落ち着かない様子で俺を見上げた。

「ジャン……」
「なんだよ」
「……」
「…お前さっきまで一人でべらべら喋ってただろ。だんまりじゃわかんねぇっつーの。用がないならさっさとどっか行けよ」
「ジャン、そんな言い方したら可哀想だろ」

だんだん苛々してきてついきつく吐き捨てた俺を案の定マルコが咎めた。そうは言ってもこのままじゃ埒が明かないだろうが。

「ナマエ?何かあったなら話してくれないかな。勿論ナマエが話したくなかったら無理に話さなくてもいい。そう言えば…ナマエとこうしてちゃんと話すのは初めてかもしれないな」

優しい声音と笑顔でそんな風に話すマルコを、つい口を半分開けながら眺めてしまった。さすがと言うかなんと言うか…とてもじゃないが俺には真似出来そうもない。
しかしマルコの奴もナマエとまともに話したことがないのか、と少し意外に思う。俺だって昨日、ナマエに呼び出されるまでは会話なんて数えるくらいしかしたことがなかったと思う。それも訓練時の事務的な会話のみ。かと言って別におとなしい奴、ってわけでもなかったみたいだが。
マルコの懐柔策が効いたのか、俺の背後からゆっくり姿を現したナマエはおずおずと申し訳なさそうにマルコを見上げながら口を開いた。

「ごめんねマルコ…。あの、私実は人見知りが激しくて、ちょっと緊張しちゃって…」
「いや嘘だろ」
「嘘じゃないよ!」
「お前昨日といい今日といいまともに話したことねぇ俺と喋ってただろうが」
「…ジャンは平気なの」
「どうしてジャンは平気なんだい?」

マルコが疑問を口にした瞬間、ナマエの顔がみるみるうちに赤くなった。…なんだよその反応は。

「ジャンは…その…好きな人だから」
「好きな……え!?」

ぽかんとほうけていたマルコの顔もナマエの言葉を繰り返してから真っ赤になった。なんだお前ら。
ナマエから告られたことは周りに知られると面倒だし勝手に囃し立てられそうだしあまり他人に知られたくはなかったんだが、まぁマルコならいいか、と目を丸くしながらナマエをしげしげと見つめている横顔を眺めて思う。

「あとジャンは…馬に似てるから平気なんだと思う。私ね、馬好きなの」
「そうかお前はとことん俺を怒らせたいらしいな」

握り拳を作ってナマエの頭上に落下させると痛い!とか言って頭を抑えていた。自業自得だ。

「ジャン、暴力は良くないぞ。それにしてもナマエがジャンを好きだったなんて意外だよ…。二人はその、お付き合いを?」
「は?んなわけねぇだろ。俺は別にこんな奴好きでもなんでもねぇよ」
「でもきっとそのうち好きになってもらえると思うよ」
「お前のその自信はどこから来るんだよ」

呆れながら今日何度目かの溜め息をつく。
もうこいつには付き合ってられねぇ。
腹が減ったしさっさと飯を受け取って粗末な食事にありつこうと歩き出したところで、背後からのほほんと話すマルコとナマエの会話が聞こえた。

「頑張って、ナマエ。応援してるよ」
「あ、ありがとうマルコ」
「僕に出来ることがあったら何でも言って。協力するから」
「え、いいの…?」
「あぁ。遠慮はいらないよ」
「ありがとう」

足をぴたりと止めて振り返る。
何勝手に話を進めてんだ。

「おいマルコ、お前俺を売る気か?」
「売るも何も僕はただナマエを応援しようとしてるだけだよ。もしかしたら僕にも出来ることがあるかもしれないだろ」
「お前、俺とそいつとどっちの味方なんだ」
「味方って言うか…別に喧嘩してるわけじゃないだろ?まぁどっちかと言ったらナマエ派かな」

にっこり笑いながらナマエと目を合わせたマルコを見て脱力した。ナマエも心なしか嬉しそうでなんだかイラつく。もういい。勝手にやってろ。
親友に裏切られたような気がして少し面白くないと感じたのは胸に秘めておくことにする。



敵か味方か
奇妙な三角関係の出来上がり





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