※短編『君を意識し始めた日』の続き



放課後の図書室でメッセージ付きのチョコレートを貰ったあの日から今日まで、ナマエとはまともに話すことが出来なかった。
と言うのも僕が話し掛けようとすると逃げ出してしまったり、ふと目が合っても慌てたようにすぐ逸らされてしまったりで、この一ヶ月まともに話す機会がなかった。
多分、きっと、恐らく、恥ずかしいんだと、そう思いたいけどさすがに避けられているような今の状態は正直結構辛い。
そんな調子だからナマエは当然放課後の図書室にも来なくなってしまっていた。
それまでは当たり前だったことが突然ぱったりとなくなってしまうというのはとても悲しいことで、いつまで待っても埋まることのない空っぽの隣りの席をぼんやり眺めては胸にぽっかり穴が空いたような気持ちだった。なくなってからその大切さに気付くって、多分こういうことなんだ。
ひょっとしてあの日のことは夢だったのかな。
そう思ったけどあの時貰ったチョコレートと、たった一言だけ書かれたメッセージカードが夢なんかじゃないってことを証明してくれる。
チョコレートは少しずつ食べてなくなってしまったけれど、メッセージカードは自分の部屋の引き出しの中に大事にしまってある。
とにかくこのままナマエと気まずくなるなんてことはあってはならないんだ。
だって今日はホワイトデーなんだから。

バレンタインデーの時に女子から貰ったチョコのお返しはエレンと一緒に買いに行った。
無難にクッキーを選んでみたけどみんな喜んでくれて、エレンからそれを渡されたミカサは嬉しそうにちょっとだけ頬を染めていて微笑ましくなった。
三倍返し、と豪語していたユミルに渡す時は少し緊張したけれど、「三倍まではいかないがまぁいいんじゃねぇの」と合格を貰うことが出来てほっとした。
ちなみにコニーはホワイトデーのことを忘れていたらしく、サシャに
ひどいですよコニー、とか文句を言われていてユミルには頭をはたかれていた。 明日用意して来るから!と必死に弁明していたのがなんだか可笑しかった。

それから。
ナマエには、みんなとは違うものを用意した。
喜んでくれるかな、とかこういうの好きかな、とか考えている時は結構楽しかったけど、そもそもこの一ヶ月のこの調子で受け取ってもらえるのかと思ったらふと不安になった。だけどずっとこのままというわけにはいかない。僕の気も済まない。
図書室に来なくなったナマエは部活にも入っていないから、放課後は真っ直ぐ帰ってしまうのは知っていた。
終業のベルが鳴ったらすぐにナマエに話し掛けに行こう、今日は逃げられても諦めないぞ、と意気込んでいたらタイミング悪くコニーがお返しって何を買えばいいんだ?と聞いてきて、それに答えていたらいつの間にか教室にナマエの姿はなくなっていた。

「クッキーとかキャンディか〜よくわかんねーし俺が食いたいやつでいいかな?」
「別にいいんじゃねぇの?」
「…っ!コニーごめん!エレンも!今日は先に帰るね!」
「お、おいアルミン!?」

会話の途中で申し訳なかったけれど、急いで荷物をまとめて教室を飛び出した。



廊下を走り階段を駆け下りる。
すれ違った先生に廊下は走るなよと言われてすいません、と謝りながら通り過ぎ、それでも走る。
急げばまだ間に合うはず。
なんとなく、今日を逃してしまったらいけないような気がして焦っていた。たかだかホワイトデーかもしれないけれど、ちゃんとナマエと話がしたい。
一階まで降りて来たけどナマエの姿は見当たらなくて、もしかして真っ直ぐ帰らずにどこか違う場所に寄っているんだろうかと考える。
それなら図書室か、あとは…ナマエの行きそうな場所ってどこだろうと途方に暮れながら、駄目元で自分のクラスの靴箱の所を覗き込んだ。
ちょうど靴を履き替えようとしている女の子が一人。

「ナマエ!」

突然名前を呼ばれたナマエはびっくりしたように顔を上げた。そして僕の顔を見て、更に目を大きく見開いた。
途端踵を返して逃げようとしたナマエの腕を慌てて掴む。

「待って、逃げないで!」
「!」
「君に言いたいことがあるんだ。それに…上履きで帰るつもり?」

自分の足元に視線をやるとナマエは顔を真っ赤にさせた。ちょっと意地悪な言い方だったかもしれないけど、ナマエがすぐにでも逃げてしまいそうだったから。

「僕の話を聞いて」
「…でも……」
「ねぇナマエ、僕はこの一ヶ月すごく寂しかったんだ」

渋るナマエに構わず話し始めると、目線を上げたナマエは思い当たる節があるのか眉を下げて申し訳なさそうな表情で僕を見た。

「話し掛けようとしても逃げられちゃうし、避けられるし」
「……」
「図書室ではいつまでたっても隣りに君がいないしで…本当に寂しかった」

特に何かを話すんでも一緒の本を読むんでもなかったけれど、放課後の静かな図書室でナマエと隣りに並んで過ごすのは僕にとってとても有意義で幸せな時間だったんだと気付いた。
ナマエが一歩どころかすごく勇気を出してくれたおかげでそれに気付くことが出来た。それなら僕もナマエに返さなきゃならない。返させてほしい。

「あとお礼言いそびれちゃったけど、チョコありがとう。美味しかったよ」

そう言うとナマエは頬を染めて小さな声でうん…と呟いた。

「それからメッセージカードも。チョコは食べちゃったけど、カードはちゃんと大事に取ってあるんだ」

メッセージカードの話題を出したらナマエの顔が更に赤くなって、掴んでいる腕が離してとでも言うようにぐ、と引かれた。
でもここで逃げられるわけにもいかないから、掴んでいる手に痛くない程度に力を込める。

「あのカードに書いてあったナマエの気持ちに応えたいんだ。でもその前に…この一ヶ月間、なんで僕を避けてたの?」

出来るだけ柔らかい声でそう問いかける。
何で僕を避けていたか、その理由は自惚れかもしれないけど大体予想がついてる。でもナマエの口から聞きたかった。ナマエの気持ちを、ナマエの口から。
ナマエは少し戸惑いながら下を向いたまま、遠慮がちに口を開いた。

「……怖かったの」
「怖かった?」
「……うん。アルミンに、ごめんって言われるのが怖かった」

とても小さな声で告げられたそれは、つまりナマエは一ヶ月前から気持ちは変わっていないということで、カードに書かれた大好きです、の意味は決して自惚れなんかじゃないってことで、少し…いや実を言うとかなり緊張していたし体から力が抜けそうになって心の底から安堵した。
掴んでいた手を離しても、ナマエは逃げなかった。

「…そんなこと言うわけないよ」

ナマエは顔を上げて僕を見た。
次は僕の番。ナマエだけたくさん頑張ってくれたから、それなら僕は出来るだけ真っ直ぐにこの気持ちを伝えよう。

「正直に言うと一ヶ月前までは自分のことなのに気付いてなかったんだ。でもこの一ヶ月ナマエと話せなくてすごく寂しくて、このままじゃ絶対嫌だって、それはつまりそういうことなんだって思ったんだ。気付かせてくれてありがとう。僕もナマエが好きだよ」

結局長ったらしくなってしまったし本当に言いたいことは最後の一言だったんだけど、ナマエは目を見開いて、顔をだんだん赤くさせて、一つ涙を零した。綺麗な雫が後から続いてナマエの頬を伝う。

「……本当に?」
「うん。本当だよ」
「……嘘じゃない?」
「うん。嘘じゃない。ナマエが好きなんだ」

涙を袖で拭いながらナマエはありがとうとごめんねを繰り返した。
泣いているナマエを抱きしめるような甲斐性は残念ながら今の僕にはまだないけど、その涙で濡れた頬や薄い肩に触れたい衝動を抑えて鞄の中から用意していたものを取り出す。

「これ受け取ってくれる?」

色とりどりの綺麗な包み紙でラッピングされた小瓶を渡すと、不思議そうな顔をしている彼女に思わず笑みが零れた。

「今日はホワイトデーだから」
「貰っても…いいの?」
「もちろん。ナマエのために用意したんだ」

そう言うとぽっと頬を染めたナマエがとても可愛くて、なんだか愛おしく感じた。よく分からないけど好きってこういうことを言うのかもしれない、とちょっと気障なことを考えてみる。
そう言えば、とこれを買う時に店員さんから聞いた話を思い出した。

「中はキャンディなんだけど…ホワイトデーのお返しにキャンディを渡す意味って知ってる?」
「ううん…知らない」
「私はあなたが好きです、って意味なんだって」

ナマエは小瓶をきゅ、と胸の前で握り締めていよいよ林檎みたいに顔を真っ赤にさせた。今日のナマエはよく顔を赤くするなぁ、可愛いなぁなんて顔の筋肉を緩くしながらどこか的外れなことを考える。それが僕のせいってことにこれ以上ないくらい幸せを感じた。



渡したいのは飴玉とたった一言

これからきっと上手くやっていけそうな気がする、っていうのは決して独りよがりなんかじゃないって今なら自信を持って言えるよ。





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