訓練兵の一人が死んだ。
立体機動の訓練中、機動装置の操作を誤ってかなりの高さから落ちて死んだらしい。
その場に居合わせたわけではないしその訓練兵とも特別仲が良かったわけでもない。
一言二言会話を交わした事はあった気がするけれど何を話したかはよく覚えていない。その程度の仲だ。
無念だっただろうと思う。
何を目指して、何を願って兵士になったのかは分からないけれど、きっと彼なりに何か目標があって兵士になったんだろう。
それなのに訓練の最中に、卒業も出来ぬまま、志半ばにして死んでしまった彼を思うと胸が締め付けられた。
そんな彼を置き去りにして、何事もなかったかのような顔をして、この世界は今日も昨日と同じように過ぎ去って行く。



兵舎の裏庭、庭と言っていいのかはわからない程の小さな空間の木の下で、静かに本を読んでいるアルミンを見つけた。
ぐんぐんと距離を縮めて近付き、座っているアルミンに合わせてしゃがみ込み、そのまま男の子にしては細い首に手を回す。

「わっ…ナマエ!?」

幸い周りには誰もいない。
こんな場所に来るのは周りの喧騒を避け静けさを求めてここに本を読みに来たアルミンと、そのアルミンを探していた私ぐらいだ。

「ど、どうしたの…?」

ぎゅうぎゅう抱き付くと、動揺したようで耳元で焦った声が揺れている。
抱き付くのは初めてじゃないのにいつも初々しい反応をするのは相変わらずだなぁと頭のどこかでふわふわ考える。

「ヨハンが死んだんだって」
「……うん」
「人って簡単に死んじゃうんだね」
「…そうだね」
「アルミンも死んじゃったらどうしよう」
「僕は……死なないように頑張ってはいるつもりだけど」
「わからないよ。アルミン体力あんまりないし」
「痛い所をつくなぁ…」

顔は見えないけど、多分眉を下げて困ったみたいに笑っているんだろう。
馬鹿にするつもりはないけれど、アルミンはあまり運動は得意ではないし体力も人並み以下だと思う。
もしかしたらアルミンも今日か、明日か、予期せぬいつかの訓練中に死んでしまうのではないだろうか。
急に不安になってしまった。

「…死なないでね」
「心配になっちゃったの?」
「うん」
「僕は…やりたい事がある。だからそれまでは出来れば死にたくはないと思ってるよ」
「外の世界を探検すること?」
「そうだよ。ナマエも一緒に行くんだろ?」
「うん。行く」

まだ見た事のない壁の外の景色をいつか自分の目で見るんだと、いつだったか話してくれたのを思い出す。
その夢を叶えたい、叶えずに死んでほしくはないと思う。
その夢がもし叶ったらそれはもうとても幸せな事だけれど、それだけじゃなくてこうしてアルミンと一緒にいて、話して、触れて、お互いの温度を感じ合えるのはとても幸せなことなんだと実感した。

「これから先もずっとアルミンと一緒にいれたらいいのに」
「それは…わからない。調査兵団に入る以上はいつ死んでもおかしくはないから…」

普通ならそこは当たり前だよ、とかずっと一緒にいられるに決まってる、とか言うべき所なんだと思うけど、アルミンは下手にごまかさず、現実を楽観的に見ないで正直に本心を打ち明けてくれる。
そんなところが好き。
下手な励ましや慰めよりもずっと信じる事が出来るから。

「普通そこは嘘でも僕も一緒にいたいよとか言うところじゃない?」
「えっ…!ご、ごめん、そうか、そうだね…」
「冗談だよ。私はアルミンのそういう正直なところが好きになったんだから」

アルミンはとても真面目だから、何にでも真っ直ぐに返してくれるし与えてくれる。
何回目になるかわからない好きを言えば、ありがとうと返ってきた。
更にぎゅうっと腕に力を込めると、息苦しいのかアルミンの右手が首に回っている私の左腕にやんわりと触れる。

「苦しいよナマエ」
「じゃあ代わりにアルミンがぎゅってして」
「えっ」

ちょうど背中が寂しかったところだから。
少し不満を込めてそう言って、腕をちょっとだけ緩める。
わずかな間があった後、遠慮がちに背中に手が回ってきて私がするのよりもずっと優しい力で抱きしめられた。

「…これでいい?」
「うん」
「ナマエは甘えんぼだね」
「うん。ごめんね」
「謝らないでよ。ナマエに甘えられるのは嫌いじゃないんだ」
「そうなの?」
「そうだよ。実を言うと結構気に入ってるぐらい」

甘えられるのが気に入ってるの?とちょっと可笑しくなって小さな声で笑う。
どこまでも優しい人だと思う。
彼も笑った気配がした後、背中をぽんぽんとゆるく叩かれた。

「もし僕が死んだら次の誰かがナマエを甘やかすのかな」

それはちょっと嫌だな、と珍しくわがままみたいなことを言うから、びっくりするのと嬉しいのとが混ざった気持ちが胸に込み上げる。
そんなのは考えられない。考えたくもない。

「次の誰かなんていない。アルミンだけだよ。アルミンが甘やかすのも私だけ」
「随分きっぱり言いきったね」
「…だったらいいな、って」
「なんでそこで自信をなくすのさ」

二人で抱き合いながらくすくす笑った。
さっきまで抱えていた不安はいつの間にか消えていて、私って単純だなぁと思った。

「死なないって約束は出来ないけど、僕も生きてる限りナマエとずっと一緒にいたいと思ってる」

それで充分だよ。
伝えるかわりに緩めた腕をもう一度きつく回すと、背中の腕にも同じように力が込められた。


不確かな約束
たとえその先が見えなくても、今だけはどうかこのままで





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