※ジャン誕



訓練で疲れ切って早々にベッドに入りぐっすりと眠っていたはずが、自分の名前を呼ぶ声で目が覚めた。
周りの様子は見えないほど暗いからどうやらまだ起床時間ではないらしい。なんなんだ、と少し苛立ちながら声のした方を見ると、ランタンを掲げたアルミンが申し訳なさそうな顔をしてオレを見ていた。

「…アルミンか?何だよ一体」
「夜中に起こしてごめん。ちょっと起きてもらってもいいかな」
「はぁ?」
「すぐ終わるから。一緒に食堂に来て欲しいんだ」

なんだってこんな夜中に食堂なんか行かなきゃならねぇんだ、とは思ったがあのクソ真面目なアルミンが夜中に他人を起こして呼び出すなんて何か重要なことが起きたのかもしれない。のろのろと体を起こしてさっさと行くぞ、と言うとアルミンはありがとうと笑った。



食堂までの間、何があったのかと聞いてはみたがアルミンはと言うと曖昧に笑うのみで行けばわかるよ、としか答えなかった。この様子だと別にそれほど重要でも緊急事態でもないらしい。少し拍子抜けしながら食堂の扉を開くと中は真っ暗だった。

「なんだよ。真っ暗で何も…。ん?」

暗闇の中で柔く光るものが見えて、そちらに目を凝らすとゆらりと人影のようなものが動いた。思わず心臓が鼓動を早める。

「あ、来た来た」

その光るものは隣りにいるアルミンが持っているランタンと同じものだったらしい。
それを掲げた奴は満面の笑みを携えながらこちらに近づいて来た。

「なんだよミリアか。驚かせんなよ」
「ふっふっふ。よくぞ来てくれました!」

威張るように胸を張ったミリアは胡散臭い笑い声付きでオレにそう言った後、アルミンにも同じようにどこか得意げに話し掛けた。

「アルミンもごくろう!」
「ちゃんと出来た?」
「もちろん!」

大きく頷いたミリアはちょっとこっちに来て、とオレの手を引いた。なんなんだ、夜中にこんな所に呼び出してこいつら一体何を企んでやがるんだ?

「なんだお前ら。ミリアの奇行はともかくアルミンまで一緒になって何する気だよ」
「奇行だなんて失礼な!」
「まぁまぁ。あんまり騒ぐと他の人が起きてきちゃうよ」

ランタンを二つ灯しているから真っ暗で何も見えないということはないが、外に漏れないように必要最低限の明かりしか付けていないところを見るとどうやらこれは秘密の集まりらしい。
何故そんな集まりが行われていてそこに自分も巻き込まれているのかさっぱり分からないまま、ミリアにここに座って、と椅子を引かれてとりあえずは素直に従っておいた。

「ちょっと待ってて」

そう言ってから食堂の奥、調理場に消えて行ったミリアは何かを持ってすぐに戻って来た。
アルミンと目配せをした後、息を吸い込んでせーのとかけ声をかけて、そして続く予想外の言葉。

「「お誕生日おめでとう!」」
「は……」

思わず口を半分開けて間抜けな顔をしちまった。誕生日…?

「あ、その様子だとやっぱり忘れてる」
「今日は4月7日だよ、ジャン」
「あ、あー……」

すっかり忘れていた。
数日前…死に急ぎ野郎の誕生日を仲間内で祝った時ぐらいまではそういやもうすぐオレも誕生日だな、なんてぼんやり思った気もしたが、ここんとこ忙しかったし何かとバタついてたしで頭からすっぽり抜けていた。それをまさかこいつらに気付かされるとは。

「ミリアがさ、ジャンをびっくりさせたいって言い出して」
「ふふふー。どうせなら日付けが変わった直後にお祝いしたいなって。びっくりした?ねぇびっくりした?」
「あー、まぁしたっちゃしたな」

なんだか照れ臭くなって適当な返事をするものの、ミリアとアルミンは特に気にする様子もなくにこにこと笑っている。アルミンはともかくミリアのこの様子は正直気色悪い。あえて口にはしないが。

「これジャンのために作ったの」

ミリアは何やら自信に溢れた笑みでさっき調理場から持って来たらしいそれをオレの前にずいと差し出した。

「クッキー…?」
「そう!さっきアルミンと一緒に作ったんだ」
「僕は混ぜたり型を取ったりとか、簡単なことしかしてないよ。ミリアがほとんど作ったんだ」
「…むしろそれは大丈夫なのか?」
「そんなこと言う人にはあげない」

むす、と頬を膨らませたミリアに思わず笑ってしまう。オレに対してにこにこ笑ってるミリアよりこっちの方がいつものミリアらしくて安心する、なんて考えてる自分が気持ち悪いぞオレ。
拗ね出したミリアに構わずその手の中の焼き菓子を一つ摘まんで口の中に放り込む。さく、と程良い食感の後に迫り来る予想していなかったしょっぱさに思わずむせた。

「げほっ…おい、おま、ミリア、これ何入れた」
「えっ!?まずいの!?」
「…食ってみろ」

さっきまでの自信満々な様子からは打って変わって恐る恐るそれを口に運んだミリアはオレと同じようにむせた。同じくアルミンもミリアの持っている皿の中から一つ摘まんで口に入れる。やっぱりむせた。

「ミリア…まさかとは思うけど砂糖と塩を間違えたなんてことは…」
「……そのまさかかも」

てへ、とかわいこぶって舌を出し片目を瞑ったミリアはちっとも可愛くない。むしろ心の底からイラっとした。その頭をはたいてやりたい。
はぁ、と深く溜め息を吐いたアルミンはお約束だねと苦く笑っている。

「ジャンの誕生日だからって奮発して多めに砂糖を入れたつもりだったんだけど…」
「見事に裏目に出たね…」
「で、でも食べられないことはないんじゃないかな!」
「誰が食うんだよ」
「もちろんジャン」
「お前オレの誕生日祝う気あるのか」
「ご、ごめん…」
「…まぁ気持ちは嬉しかった。ありがとな」

一瞬目を大きく見開いたミリアは「ジャンにお礼言われたのなんて何年ぶりだろう…」とか心外なことを呟いた。
失礼な奴だな、礼ぐらい普通に言ってる…いや、そこまで言ってねぇかと思い直した。
そもそもミリアに礼をするようなことには今までほとんど縁がない気がするのは気のせいか?

その後そのやたらしょっぱいクッキーは芋女の胃に無事収まった。ちょっとしょっぱいけど食べられないことはないですと言いながら全部平らげた奴を初めて少しだけ尊敬した。
失敗したことが悔しかったのかなんなのか、もう一回作るから!次は美味しいから!とムキになったミリアはアルミンに、ちゃんと監視しながら一緒にやらないとまた塩が入るかも…と心配されていたが、たまには暇な奴らで集まってワイワイやりながら菓子作りなんてのも悪くはないかもしれないなんて柄にもなく思った。



いつも通りの特別な日

「おい待てミリア、それは塩だ。また同じ失敗する気か?」
「あ、ほんとだ。だって瓶が塩も砂糖も似てるんだもん」
「瓶のせいにするな。おいこら芋女つまみ食いするな生地を生のまま食うな!」
「意外とこのままでもいけますよ」
「いけねぇよそれはお前の胃袋だけだ!あーもう貸せ!オレがやる!お前らは黙って見てろ!」
「大変だねジャン…」
「あぁ……」







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