慣れた足取りでアパートの階段を上がり、一つの部屋のドアの前に立っていつものようにインターホンを鳴らす。程なくしてドアが開き見慣れた笑顔が出迎えてくれてこちらも表情が緩む。玄関に入ってドアを閉め鍵を掛けて部屋に入る。
この一連の流れはもう手慣れたものだ。

「お邪魔しまーす」
「どうぞ」

家主の後に続いて廊下を進み、リビングのソファに腰掛ける。
一人暮らしのわりにはいつも綺麗に片付いていて私の部屋とは大違いだ。

「今日は映画を見に来ました」
「えぇ…これからレポートやろうと思ってたのに」
「アルミンならそんなのすぐ終わるでしょ?」

やれやれ、と肩をすくめたアルミンだったけど、何だかんだでいつも付き合ってくれるのはもうお決まりのパターンだ。

「何の映画?」
「これ!ずっと見たかったんだー!」

レンタルしてきたDVDをじゃーん!という効果音付きで見せると、タイトルを見たアルミンの顔がひく、と見るからに引きつった。
予想通りの反応。

「それ怖いやつだろ…」
「うん。映画館で上映した時に途中で退出した人がいっぱいいたらしいよ」

顔を青くさせて絶句するアルミンをよそに、ソファの前のテーブルに途中のコンビニで買って来たスナック菓子と缶チューハイを意気揚々と並べる。
ソファから立ち上がって部屋の電気のスイッチを消すとテレビの光だけが残り、小さな映画館が完成した。臨場感たっぷりだ。

「本当に見るの?」
「見る!」
「僕こういうの苦手なんだよね…」
「知ってる!」

はぁ…と溜め息をついたアルミンは潔くあきらめたようで缶チューハイに手を伸ばし、ぷしゅ!と音をさせてから中身を一口飲んだ。早々に酔って恐怖心を和らげる作戦なのかもしれない。
アルコールには強い方らしくて酔っぱらってる所は見た事がないから、缶チューハイぐらいじゃ酔えないんじゃないかなとも思うけど。

「でもアルミンがホラー苦手って意外だよ。あんまり信じてなさそうなのに」
「信じてるわけじゃないけど怖いものは怖いんだよ…」

構わずDVDをセットして再生ボタンを押す。提供や注意事項が流れた後、映画が始まった。

「わくわくするねー」
「その感覚は理解出来ない…」
「映画見る前から疲れてるね」
「おかげさまで。僕やっぱりあっちの部屋にいてもいい?」
「それはダメ」
「だよね…」

そりゃ私だってさすがに一人で見るのは怖い。
逃がすものか!と思いっきり腕を掴むと観念したのか渋々画面を見始めた。



********************



場面は幽霊が初めましてと言わんばかりに主人公と対面するシーンで、おどろおどろしい音楽と共に画面からはぎゃー!なんて悲鳴が聞こえている。
そして私の隣りからも。

「ひぃっ!」
「……」
「うわあぁ……」
「……」

両手指の隙間からテレビを見る姿はなんていうかもう、女子か。
幽霊が脅かすたびにいちいち反応するアルミンは製作側の思うつぼだなぁなんて呑気に考える。

ふと肩の辺りに暖かさを感じて、私とアルミンの肩がぴったりとくっついているのに気付く。アルミンの体が私の方に寄って来ているような…。

「なんか近くない?」
「き…気のせいじゃない?」

映画が始まった頃は拳一つ分くらいの隙間があったはずだけど、今はアルミンの体がぐいぐいと押し付けるように密着していてちょっと苦しい。まぁいいけど。


これから幽霊が出るか?出ちゃうか?と緊迫したシーンになって、私も思わずごくりと喉を鳴らす。と。

ピリリリリリリリリ!

「うわあああっ!?」

突然無機質な機械音が部屋に鳴り響く。
テーブルの上に置いてあったアルミンのスマホの着信音にアルミン自身が飛び上がって驚くものだから、私もつられて体を強張らせてしまった。

「びっくりした…」
「私はむしろアルミンの声にびっくりしたよ…」

ごめんごめん、と謝ってテーブルの上のスマホをチェックして、ほっと安心したように表情を緩めた所を見ると知り合いかららしい。

「お化けからじゃなかったー?」
「そ、そんなわけないだろ。エレンからメール。レポートの提出期限教えてくれって。それにしてもタイミング悪いよ…」

素早く文字を打ち返信し終わったらしく再びテーブルにスマホを置いて画面を見始める。
それにしてもメールの着信音が初期設定のままとは大学生としていかがなものか。
後で着信を変えちゃおう。
何がいいかなアルミンって何が好きだったっけなんて思っていると、画面にバーン!と幽霊のドアップが映し出されてアルミンがまた悲鳴を上げた。
体を密着させるだけでは飽き足らず、縮こまって私の腕にしがみつく始末。
眉は立派な八の字だし涙目になってるしぷるぷる震えてるしで小動物みたいでかわいい。
にやにやしそうになるのを必死に堪えて映画に集中した。



********************



「はー面白かった!」
「あれを面白いって思えるナマエを尊敬するよ…」

満足気な私とは正反対で心なしかげっそりしたアルミンは心底疲れ切ったみたいに深い溜め息をついた。そりゃあんだけ騒いでたら疲れるのも無理はない気がする。

時間も時間だしそろそろ帰ろう、私もレポートに取り掛からなくちゃ、と腰を上げる。

「じゃあ帰るね」
「えっ!?」
「え?」
「いや…その…」
「……怖いの?」
「ホラー映画見せといてよく言うよ…」

確かに自分が見たいものだけ見て満足したら帰るっていうのは見てた映画が映画なだけにずるいとは思うけど、時間が時間なのであんまりゆっくりして行くわけにもいかない。

「私もレポート始めなきゃだしもうすぐ終電だし」
「…泊まって行けば?」
「きゃーアルミンに襲われちゃう!今夜は寝かさないぜとかそういう感じ?」
「レポートが終わるまで寝かさないからある意味正解だね」

げぇ!鬼!提出期限まだあるし!と反論したらナマエはいつもギリギリなんだから今回ぐらいは余裕を持ってやりなよとたしなめられた。
さっきまでは私の方が優勢だったはずなのにこの有様だ。
映画のお返しと言わんばかりにこうなったら本当に寝かさないつもりらしく勝ち誇ったような顔をしている。さっきの怯えっぷりはどこ行った。
とりあえずスタッフロールが終わったらリポDでも買いに行こう。



夜はこれから
二人一緒ならお化けも徹夜も怖くない!







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -