※単行本13巻特典DVDネタあり



私とジャンは喧嘩友達だ。
最早友達と言っていいのか分からないけれどよく喧嘩をする。時には罵り合い、時には掴み合い、気が済むまで言い争う。いや、やっぱり訂正。あんな奴友達じゃない。憎たらしい。
別に喧嘩がしたくてするわけじゃないけれど、ジャンがいつも私に喧嘩を売るようなことを言ってくるからついこっちも食ってかかってしまう。何て言うかジャンとは馬が合わないのだ。馬。馬面なジャンなだけに。



「ちょっとジャン!今日日直でしょ!サボって私にだけ押し付ける気?」

放課後、部活に行こうとしている生徒や帰ろうとしている生徒に混ざり、ジャンも教室から出て行こうとしていたので思わず大きな声を出して文句を言った。
日直の仕事は結構大変で、日誌を書いたり黒板を綺麗にしたりと一人でやるには骨が折れる。
今日の当番はなんとも不運なことに私とジャンがペアになってしまって、それだけでも朝から憂鬱だったって言うのによりにもよってサボろうとしているのかこの男は。

「あ?あー忘れてた。お前一人で頼むわ」
「何寝ぼけたこと言ってんの?リヴァイ先生に殴られたいの?まぁその前に私が殴るけど」

ぎろりと睨み付けながらそう言えば、ジャンはちっと舌打ちをしてから踵を返してこっちに戻ってきた。最初からそうすればいいの。

「お前絶対女じゃないだろ。普通の奴は殴るとか言わねぇぞ」
「別にジャン以外には言わないし」
「そうかよ。おーこわ」

やる気なさげにそう言ったジャンは肩にかけていた鞄をそこら辺の机に置いて、さっさと終わらすぞ、と面倒くさそうに黒板消しを手に取った。私もそれに続いて黒板を綺麗にするために取り掛かる。面倒な日誌は後回しでいいだろう。

一生懸命手を動かして黒板消しをぎゅっぎゅっと黒板に押し付けていたらジャンがじっと私を見ていることに気が付いた。

「何?」
「お前上の方届いてねぇじゃねえか」
「…しょうがないでしょ。身長が足りないんだもん」
「あーそうだな。お前チビだもんな」
「……ジャンボのくせに生意気」
「!?おまっ、それはガキの頃のあだ名だろ!つーか誰から聞いた!」
「マルコ」
「なんでマルコが知ってんだよ…。あーくそっ」

不機嫌そうに、でもどこか恥ずかしそうにして照れているのを隠すように吐き捨てたジャンはこちらに近付いてくると私を見下ろした。思わず条件反射で睨み付けながら見上げるとジャンの眉間にぐっと皺が寄った。悪人面が強調されている。

「睨んでんじゃねぇよ」
「ジャンが見下ろすからでしょ」
「仕方ないだろ。いいからそこどけ」
「何」
「届かねぇんだろ。やってやるっつってんだよ」

ぶっきらぼうにそう言ったジャンは半ば私を押し退けるようにして、今まで私が拭いていた場所の上の部分に黒板消しを押し付け始めた。なんだよ優しいじゃないか。でもその感想を言葉にはしないでぼけっとしながらジャンの背中を見つめる。いつも喧嘩ばかりだけど、こんな風にたまに親切になるのだ、この男は。なんだか拍子抜けしてしまう。
私が届かなかった所をすいすい綺麗にして行く様子や、気まぐれに親切にされるとなんとなく調子が狂うのが面白くなくて、黒板と向き合っているジャンの脇腹に手を伸ばしてこちょこちょとくすぐってみた。

「おわっ!?おい、何してやがる!」
「なんか面白くない」
「はぁ!?ふざけんなこのバカ女!」
「バカ女!?バカって言った方がバカなんですー」
更に手加減せず指を動かしてくすぐると、ジャンは笑いながら怒って私の両腕を掴んだ。器用だ。
何いちゃついてんだお前らー、とまだ教室に残っているクラスメイトの野次が飛んでくる。断じていちゃついてるわけじゃないから勘違いしないで欲しい。お互いバタバタと暴れているせいかジャンの手が一瞬私の胸に触れた気がして思わず苦情を述べた。

「ちょっと、今胸触ったでしょ」
「はぁ?触ってねぇよ。そもそもお前にないだろそんなもん」
「はああ?ありますけど?これでも人並みにはありますけど!?ほらもう一回触ってみろ!」
「なっ、さ、さわ、触るわけねぇだろ!」
「何その反応。童貞か」

殴られた。

「いったぁ!本気で殴ることないでしょ!」
「お前が変なこと抜かすからだろうが!」

ちょっとした冗談なのに顔を赤くして怒るジャンは滑稽だ。別にジャンが童貞だろうがそうじゃなかろうが私には関係ないからどうだっていい。
まだぶーぶーと文句を言っているのでいよいよこれは取っ組み合いの喧嘩に発展か、手加減してるんだろうとは言え頭を殴られたしやり返さなきゃ気が済まない、と息巻いていると「はいそこまで」と制止の声が掛かった。そちらに目を向けると、薄く微笑んでいるマルコの姿。微笑んでいるとはいえその笑顔の裏には何かありそうな黒い雰囲気に思わず背筋がぞくりとした。これは、あれだ、怒ってる。

「二人ともいい加減にしなさい。ずっと見てたけどジャンもナマエもどっちも悪いぞ」

見られてたのか…と少し恥ずかしくなる。空気を読んで喧嘩を止めるタイミングを伺ってたんだろうか。さすがマルコ。

「お前たちはいつもいつも時と場所を考えず喧嘩ばっかりして。今は日直の仕事をするべきだろ」
「でもよマルコ、こいつが」
「でもじゃない。ジャン、女の子に手を出すのは良くない」
「……」

何も言い返せず言葉に詰まるジャンを見てにやりと笑う。全くもってその通り。次に私に視線を向けたマルコはナマエもナマエだ、と切り出した。

「言っていいことと悪いことがある。この年頃はその手の話題に敏感なんだ。例え本当でもそうじゃなくても、からかって馬鹿にするのはよくない」
「……」

自分だってその年頃、のはずなのに妙に大人びた発言をするマルコには反論出来なかった。まぁ確かに、私も悪かったけど。

「それに、ジャン」

項垂れる私たちのうち、ジャンの方に向き直って真剣な顔をしたマルコは、次にとんでもないことを口にした。

「ナマエが好きならいつまでもそんな方法じゃ気付いてなんかもらえないぞ。ナマエは鈍感なんだから、真っ直ぐに自分の気持ちを伝えないと。好きな子ほどいじめたくなる、なんて小学生じゃないんだから」
「え」
「なっ、え、お、おい、マルコ、おま、お前なに、何言って…!?」
「余計なお世話だったかもしれないけど、ジャン、後はお前次第だ。それじゃあ僕は帰るよ。また明日」

何でもないように颯爽と、だけど嵐のようにこの場を掻き回して教室から出て行ったマルコの背をぽかんと口を開けながら見送った。
え、何、どういうこと。

「…今の本当にマルコ?」
「あ、あぁ…多分……」
「……私のこと好きなの?」

ちらりと横目で見ながらそう聞いてみると、ジャンは大げさなくらいびくりと体を揺らした。頬と耳が赤くなっている。

「…悪いかよ」

……別に悪くはない。悪くはないけど…なんだか拍子抜けする。そんなことを聞いてしまったらそれはもうがらりとジャンの見方が変わってしまう。
だけど本当に悪い気はしない自分がいるのには驚いた。それこそただのいつも喧嘩をするクラスメイト、から喧嘩友達、に昇格してもいいかなと思っているくらいには。ひょっとしたらそれ以上。ジャンの出方次第だけど。

「…ふんだ。私を落とせるもんなら落としてみれば」
「…何で偉そうなんだよ」

お互い言ってることはいつもと変わらない憎まれ口だったけど、私もジャンも、顔はどこか楽しげに笑ってた。さっきまでは殺伐としてたのにすごい進化だ。いつも喧嘩ばかりのこの関係は、もしかしたら変わるかもしれない。背中を押すどころかそれ以上のことをしたマルコって実はすごい人なのかもしれない、なんて頭の隅で思った。



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