「好きです付き合ってください!」
「断る」

朝一番、学校の廊下で大好きな人の後ろ姿を見つけたので突進する勢いで目の前に滑り込み、息を切らしながら大声でそう言うと実にあっさりとした返事が返ってきた。
そのそっけない反応にさえ喜びを感じてしまう私はマゾなんだろうか。もうマゾだろうがなんだろうがこうして話せるなら何だっていい。にやにやしていたら邪魔だっつーの、なんて言って呆れた視線をこちらに向けながら私の横を通り過ぎる。

「待ってよエレン!同じクラスなんだから一緒に教室行こうよ」
「は?やだよお前うるさいし」
「いいじゃんいいじゃん!一緒に教室入っていかにも恋人同士ですみたいな雰囲気出そうよ!…恋人じゃないけど」
「自分で言ってて虚しくならないか?」

正直なところちょっと虚しい。
エレンはつれない。
私がどれだけ好きだって言っても毎回冷たくあしらわれてしまう。
高校に入学して、同じクラスになって初めてエレンを見た時これは運命だと思った。いわゆる一目惚れってやつ。だけどその想いは悲しいことに一方的だったらしい。入学式が終わった後の騒がしい教室で、いきなり好きですと告げた私にエレンは一瞬その大きな猫のような目を更に見開いてびっくりした後、面倒くさそうに「誰だお前」と吐き捨てた。まぁ確かにいきなり知らない女に好きですなんて言われても困るよね。そう思って名前を名乗ってからもう一度好きですと言ったら「意味が分からねぇ」と睨まれた。意味…えーと、好きですの意味?好きって言うのはその人に心が惹かれて愛情を寄せるってことで…と説明しようとしたら「帰ろうぜアルミン」と友達らしい子に声を掛けてさっさと教室から出て行った。アルミンと呼ばれた子はあわあわと申し訳なさそうに眉を下げて私を見ながらエレンの後について行った。
まぁ、エレンの名前を知ったのは次の日になったわけだけど。

その後も何度かアタックを繰り返すものの結果は変わらず、「絶対嫌だ」とか「面倒くせぇ」とか「うるせぇ声がでかい」とか言われ続けて今日に至る。通算36回目の告白も失敗に終わった。

「あーあ、いつになったらエレンは振り向いてくれるのかなー」
「いつも何もそんな日は来ねぇよ。つーか何で嬉しそうなんだ」

並んで廊下を歩きにやにやと笑いながらわざとらしく呟くと、エレンは横目で呆れ気味に私を見た。文句を言いつつも結局は一緒に教室まで行ってくれるからエレンは優しいと思う。

「エレンと話せるだけで嬉しいんだよ!」
「…ああそうかよ」

意味が分かんねぇ、と溜め息を吐いたその様子でさえかっこいいと思ってしまう。もうこれは重症だ。恋煩いなんて生まれてこのかた初めて。

「エレンーエレンーうふふ」
「お前は毎日幸せそうだな…」
「おかげさまで!」

即興で作ったエレンの歌をご機嫌で歌う私を呆れたように見ながらも、エレンは何だそりゃと可笑しそうに眉を下げて笑った。幸せです。

教室に着いて少しドキドキしつつエレンの後に続いておはよう!と挨拶をしながら中に入ると、扉近くの席のミーナが普通におはようと返してくれた。あれ、恋人っぽくない?エレンはさっさとアルミンの方へ行ってしまった。

「また二人で来たの?」
「そう!恋人っぽかった?」
「うーん…残念だけどあんまり…」

ミーナによると私がエレンに対して好き好き言っているのにも関わらず相手にされていないのは周知の事実なので、もはや恋人と言うよりも金魚のフン、またはアヒルの刷り込みに見えると評判なのだとか。まぁそれはそれで間違っちゃいない。

「ねぇナマエ、ナマエはいつも楽しそうだしナマエがいいなら何も言うつもりはないけど、このままでいいの?」
「何が?」
「ナマエがこの関係に満足してる隙に誰かがエレンに告白して奪われちゃうかもよ?」

びし、と人差し指を突き立ててミーナに言われたその言葉に一瞬思考が停止した。エレンが誰かに奪われる?

「え、やだ!そんなのやだ!」
「ふふふ。それならナマエに良い作戦があるんだけど…」



ミーナの作戦はこうだ。
押して駄目なら引いてみろ作戦。
いつも私はエレンを見かける度に馬鹿の一つ覚えのようにエレンの元へ飛んで行く。ご主人様が大好きな忠犬みたいにあるはずのない尻尾を振って。
だからエレンを見かけてもあえて話しかけずもうあなたには興味がないのよとでも言うように振る舞ってみてはどうか、と。
いつもは喜々としてエレンに構われに行く私がまったく話しかけなかったら彼も不思議に思うだろう。そして寂しく思う…かもしれない。思われない可能性の方が高い気もするけど、と自分が言い出したにも関わらずミーナは苦笑いをしながら言った。
エレンを見ても話しかけちゃいけないなんて辛いけど、やってみる価値はありそうだ。まぁ我慢出来なくなった私が半泣きになりながらエレンの元へ飛んで行く光景が浮かばなくもないけど。

そうして始まった押して駄目なら引いてみろ作戦は順調に進んでいた。
移動教室の時にエレンの後ろ姿を見つけたけれどあえて話しかけなかった。
休み時間もミーナと一緒にいて話しかけなかったし、お昼休みも中庭で食べたのでエレンがどうしていたかは知らない。

そして放課後。
正直に言うとこの作戦は失敗だった。
エレンの方は何事もないかのようにいつも通りだし、むしろ今日一日私が話しかけなかったから平穏で静かな学校生活が送れていたかもしれない。
でも私の方はと言うと今にも干からびそうだった。エレン欠乏症。ただ私が寂しくなっただけだった。
この作戦は今日で終わりにしよう。明日からは今まで通りたくさんエレンに話しかけよう。そもそもエレンを誰かに奪われると決まったわけじゃないんだし。
そう思いながら下駄箱で革靴に履き替えていると、おい、と後ろから声をかけられた。誰だろうと思って振り返ると、そこには仏頂面をしたエレンの姿。え、エレンが私に話しかけてる?エレンの方から私に話しかけるなんて、もしかしたら初めてかもしれない。

「エレン?えっと、どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇよ。お前今日変だぞ。朝は普通だったのに」
「変って、何が?」
「何で無視するんだよ。いつもはウザいくらい話しかけてくるのに」
「無視…はしてないと思うけど…。えーと、そういう作戦って言うか…」
「は?作戦?何だよそれ」
「あの、エレン怒ってる…?」

びくびくしながらそう訪ねた私をいかにも不機嫌そうに眉を寄せて睨んだエレンは、別に、と言いながらぷいっとそっぽを向いた。え、えぇー…。

「エレン…何で怒ってるの?」
「別に怒ってねぇよ。ただ…ナマエが話しかけてこないとなんか物足りないっつーか、苛々するっつーか…」
「苛々って…。いつもうるさいって言ってるし私が話しかけた方が苛々してそうだけど…」
「仕方ないだろ。オレだってよく分かんねぇけど、ナマエが横でギャーギャー言ってないと落ち着かないんだよ」
「え…」

それって寂しいってことじゃないの…?
とは思ったけど口には出さない。自分じゃ気付いてないみたいだし、エレンのことだから拗ねてしまうかもしれないから。

「…何ニヤニヤしてんだよ」
「べつにー?」

ねぇミーナ、押して駄目なら引いてみろ作戦、思いのほか効いたのかもしれないです。



この感情に名前をつけるなら





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