成績上位10名が発表された後、教官の締めの言葉と共に解散式が終了した。
第104期訓練兵として果たすべき務めが終わり、明日からはみんなそれぞれ違う道を行く。
成績上位10名のうち多くは憲兵団を志望するんだろう。
私はそんなに優秀ではなかったから当然その中には入れなかった。元々憲兵団を志望してたわけじゃないけれど。
私は調査兵団に入る。普通の人からしてみたら馬鹿なことを、と思われるかもしれない。巨人は怖いし食べられるのも絶対に嫌だけど、それでも今まで先代の人たちが築いてきたものを、培ってきたものを私たちが失くしてしまうわけにはいかない。別に良い子ぶるつもりはないしできれば私だって死にたくはないけれど、誰かがやらなくちゃいけないんだと弱い心を必死に奮い立たせた。





その日の夜、今日だけは無礼講ということもあって食堂はいつにも増して賑やかだった。
エレンとジャンは相変わらず喧嘩をしていたし、それにすっかり慣れてしまったみんなも面白がって野次を飛ばしていた。フランツとハンナとミカサが止めなかったら更にひどい有り様になっていたかもしれない。
私もその様子を見守っていたけれど、明日からはこのごく当たり前の光景が見られなくなるのかと思うと少しだけ感傷的になってしまって、外の空気を吸いに行こうとこっそり食堂を抜け出した。



食堂と比べて外は随分静かで虫の音が耳に心地良い。
卒業は出来たけど私は本当に今までちゃんとやって来れたのかな。調査兵団に入っても上手くやっていけるかな。一人になるとマイナスなことばかり考えてしまって駄目だったかもしれない。
やっぱり食堂に戻ろうかと思ったところで少し離れた木の下に人影が見えた。暗くてよく見えないけど、あの座り方はもしかして。
そっと近付いて目の前までやって来て姿を確認するとやっぱり彼だった。
曲げた膝に顔を埋めて表情が伺えないから小さく声をかけてみる。

「……ベルトルト?」

名前を呼ぶとのろのろと顔を上げたから寝ていたわけではなさそうだ。もしかして泣いていたのかも、とも思ったけどそれもどうやら違うみたい。

「……ナマエ」
「こんな所でどうしたの?」
「…ちょっと一人になりたくて」

掠れた声でそう言ったベルトルトは膝の上で組んだ腕の中に口元を埋めた。
どうしようかな、と少しだけ考えて、彼の隣りによっこいしょと腰掛ける。ベルトルトは横目でちらりと私を見た。

「……普通はこういう時って去って行くものじゃないかな…」
「じゃあ私は普通じゃないんだね」

ふふん、と笑ってみせたらベルトルトは少し困った表情になった。

「また僕を笑わせに来たの?」
「んー…笑ってくれたら嬉しいけどそんな雰囲気じゃないみたいだし。どうかしたの?」

少しの間何かを考えるようにして黙り込んだ後、ベルトルトはゆっくりと口を開いた。

「…ナマエは不安じゃないの?」
「何が?」
「…明日からのことが」
「不安だよ。すっごく不安だけど、ベルトルトのこと見てたら頑張らなくちゃって思えてきた」
「何で?」
「なんか泣きそうになってるし今にも壊れちゃいそうだから私がしっかりしなきゃって」
「…ナマエがしっかりしたってどうしようもないと思う…」
「まぁそうなんだけどね」
「それにナマエは調査兵団に入るんだよね」
「そうだよ」
「巨人が怖くないの?」
「すっごく怖いけど…もう決めたんだ」

ベルトルトはライナーと一緒に憲兵団に入るんだろう。
それなら、壁の中の平和は彼らが守ってくれると信じてるから。私は壁の外で自分のやるべきこと、出来ることをやるんだ。

「私今まで楽しかったよ。ベルトルトの笑顔が大好きだし、笑ってくれてすごく嬉しかった。調査兵団に入っても死なないように頑張るから、また会えた時は笑ってね」

そう言うと、ベルトルトは一瞬目を大きく見開いた。涙を流しているわけじゃないのになんだか泣いているみたいな表情だ、と思ったのはどうしてだろう。

「……僕も」

一度下を向いて腕の中に顔を埋めてから、ゆっくりと顔を上げて黒目がちな瞳と真っ直ぐに視線が合わさった。

「なんだかんだで結構楽しかったよ」

腕が伸びて来て、頭を一つ撫でられた。彼らしからぬ行動に目を丸くしていると、私の好きな、控えめだけど優しい笑顔が向けられて更にびっくりする。

「……ベルトルト?」
「何?」
「私、頭に葉っぱつけてないよ?」
「うん」
「転んでもないよ?」
「そうだね」
「なんで笑ったの?」
「なんでってことはないんじゃないかな…」
「出血大サービス?」
「まぁそんなところかな」
「ふふ。変なの」

なんだか可笑しくなって来て笑ったら、隣りのベルトルトはそわそわした様子で私をじっと見ていた。

「…僕がナマエを笑わせたのは初めてだ」
「ん?そうだっけ?」
「そうだよ」
「んー結構笑ってると思うけどなぁ…」
「人を笑わせるのって結構いいものだね」
「でしょ?笑顔が魅力的な人相手なら尚更だよ」

そう言うとベルトルトは口角を上げて少し照れたように微笑んだ。
笑った顔をずっと見ていたいと思った。訓練兵最後の日にこんなに笑顔を見せてくれるなんてずるい。最後の日だからこそなのかな。

「照れ臭くて言えなかったけど…僕もナマエの笑った顔が結構好きだったよ」
「ほんとに?」
「うん」
「嬉しいなぁ。でもなんかさ、明日死ぬみたいな会話だよね、これ」

冗談で言ったつもりだったんだけど、ベルトルトはハッとしたように一瞬顔を強張らせた。
何か変なこと言ったかな?
いつまた巨人に壁を壊されるか分からない不安はあるけど、何も明日壁外に行くわけでも死の危険を伴う訓練があるわけでもないのに。

「……僕がこんなこと言えた立場じゃないけど…元気でね、ナマエ」
「え?うん。ベルトルトも」
「アルミンと仲良くね」
「ベルトルトもライナーと仲良くね」
「え、う、うん」

ナマエとアルミンの仲良くと、僕とライナーの仲良くはちょっと意味が違うと思うけど…とベルトルトがぼそぼそ言う。まぁ確かに。

「あ、ナマエとベルトルト」
「いたか」

声がした方に目を向けるとアルミンとライナーが食堂から出て来て私たちの方に近付いて来ていた。噂をすればなんとやら。食堂にいなかったから探しに来てくれたらしい。

「こんな所で座り込んで何してたんだ?」
「うーん励まし合い…なのかな?」
「僕に聞かれても…」
「今日はもうお開きだってさ。寮に戻ろう」

楽しい時間はいつでもすぐ終わっちゃうなぁ、とぼんやり思う。すぐ終わっちゃうからこそ楽しいって感じるのかな。
立ち上がってお尻についた土を払いながらふとさっきの食堂でのハプニングを思い出した。

「そう言えばアルミン大丈夫?ライナーにぶっかけられた鼻水」
「え、あぁ、うん…」
「すまん……」

ちょっとからかうように言ってみたら、アルミンは苦笑いをしてライナーは気まずそうにもう一度謝った。ベルトルトも眉を下げて笑っている。
思い返せば訓練は厳しいものばかりだったけど、それに負けないくらいみんなと過ごして楽しかったこともたくさんあった。これからきっとつらいこともあると思うけど、そんな時はみんなとの楽しかったことを思い出して頑張ろうとこっそり心の中で誓った。








次の日、再び壁が壊された。
五年前と同じように、超大型巨人と呼ばれる巨人がウォール・ローゼの扉を破壊した。
その時はまだ何も知らなかった。
裏切りはとっくの昔から始まってたなんて、考えてもいなかったし知りたくもなかった。
世界は残酷なんだって、誰かが耳元で囁いた。



ごっこ遊びはもうおしまい
ねぇナマエ、僕は上手く笑えていたかな






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