「で?お前は当番サボって一体何してやがったんだ?」
「うっ……」

ベルトルトの笑顔を思い出してにやにやしていたら、当番に遅れた理由を考えるのをすっかり忘れてた。
厩舎に行くと私に気付いたジャンが目を尖らせながらずかずかと近付いて来て、腰に手を当てて仁王立ちをしながら私を見下ろした。

「言ってみろ」
「えーと……ベルトルトを…笑わせようとしてました…」

ナマエは嘘が下手だねとよくアルミンに言われる。
自分では分からないけれど、私は嘘をつく時に目が一瞬泳ぐんだそうだ。
課題をやってないのにやったと見栄を張ったり、夜更かししたのにちゃんと寝たよと言ってもアルミンにはすぐにバレてしまうから、あまり嘘をつかなくなったのは良いこと…なのかな?
今回もきっと嘘をついてもすぐにばれてしまうかもしれないし、理由も考えてなかったしで正直に白状した。

「ベルトルトを…なんだって?」
「笑わせようとしてました」

そう言うとジャンは目を見開いてびっくりした顔をしてから、呆れたようにはあぁと大きく溜め息を吐いた。

「要するに遊んでたってわけか。良い度胸してるじゃねぇか」
「いひゃいよ〜ほっぺたつねらないで」

今日は鼻を打ったりジャンにほっぺたをつねられたりと顔面が散々だ。
別に整ってる方でもないけどこれ以上不細工になったらどうしよう。

「で、どうだったんだ?笑ったのか?あいつ」
「え?う、うん。笑ったよ」

まさか話の続きを聞かれるとは思ってなかったからちょっとだけ面食らった。ベルトルトとジャンは特に仲が良いってわけでもないから意外だ。

「そういやベルトルトが笑った所はあんまり見たことねぇな。漫才でもしたのか」
「…転んだの」
「は?」
「さっき転んで鼻を打ったら、ベルトルトが笑ったの」
「…道理で鼻が赤いわけだ。間抜け面になってんぞ」
「ひどい!」

意地悪な顔をして笑うジャンを睨み上げたら、鈍臭いナマエにあのベルトルトも笑ったか、と面白そうに言った。私の方は面白くない。
抗議の意を示そうと両頬をぷくっと膨らませたらジャンの手がそこに伸びてきて親指と人差し指で掴まれてぷしゅうと空気が漏れた。頬は掴まれたままなので唇がむぅ、ととんがって本当に間抜け面になってしまってるんじゃないかと思う。

「……不細工だな」
「誰のせいですか」

はっと鼻で笑ったジャンの意地悪そうな笑顔とさっきのベルトルトの笑顔は大違いだ。

「…そんなに意地悪だとジャンはベルトルトの笑った顔見れないよ?」
「生憎野郎の笑った顔なんざ見たいとも思わないんでな」
「ベルトルトの笑顔ってすごく可愛いしかっこいいんだよ!」
「…お前アルミンが好きなんじゃなかったか?」
「うん?そうだよ」

わけわかんねーな、とジャンは溜め息をついて呆れた顔をしてから手を離した。
バケツでもしまうのか、背を向けて厩舎の奥の方に歩いて行ったのでその背中に向かってべーっと舌を出す。少しだけすっきりした。
とは言え当番をサボってしまったのも事実なので訓練の後はちゃんと働かなきゃ。
そんなことをしていると続々と訓練兵たちが集まって来て、その中にさっきまでお喋りをしていた一人を見つけた。

「あ、ライナー」
「ようナマエ。ジャンにこってり絞られたか?」
「うん…。おまけに不細工って言われた」

そう言うと、憎まれ口を叩くのはジャンなりの親しい友人に対する愛情表現なんだろうとおかしそうに笑った。
ジャンに限ってそんなことあるのかな。もしそうだったとしてもなんて分かりにくくて面倒くさい愛情表現なんだろう。

「アルミンとベルトルトは?」
「もう少ししたら来るはずだ。ベルトルトのやつ、転んだナマエを笑って申し訳ないことしたって言ってたぞ」
「えー全然いいのに。そのおかげで笑顔が見れたわけだし」

ベルトルトの笑顔が見れるならあのくらい。ただまた転ぶのは遠慮したいけれど。

「次はどうやって笑わそうかなぁ」
「頑張るな」
「もちろん!」
「あいつはあまり他の奴らと積極的に関わろうとしないからな。ナマエさえ良ければ今後も構ってやってくれ」
「そんなの言われなくてもだよ!」

今後もベルトルトの笑顔を引き出すために頑張るつもりです!と鼻息荒く気合いを入れてガッツポーズをしてみせたら、ライナーは大きく口を開けて豪快に笑った。あ、やっぱり人の笑った顔見るのっていいなぁ。

「…私ね、ベルトルトのことばっかり言ってるけど、ライナーの笑顔も好きだよ」
「ん、そうか?」
「うん。ライナーが笑ったらどんなことでも絶対大丈夫だって安心出来るっていうのかな。とにかく胸が暖かくなって落ち着くの」

そう言うとライナーは一瞬面食らったような顔をしてから少しだけほっぺたを染めた。大きな手が伸びてきて頭をくしゃくしゃ撫でられる。表情を伺おうと見上げたらふい、と顔を逸らされてしまった。
お、これはもしかして。

「……照れてる?」
「……お前は本当に油断ならないな」
「あはは、ライナーが照れてるー!」

口元を手で覆ったライナーはナマエの殺し文句には参るなんてぼそぼそ言っていた。ただ本心を言っただけなんだけどなぁ。
みんなの兄貴分であるライナーの珍しい一面が見られてちょっぴり嬉しくなった。

「おいベルトルトの次はライナーといちゃついてんのか?とんだ浮気者だな」

厩舎の奥から戻って来たジャンが呆れたように私たちを見た。
別にそんなつもりはないし相変わらずの嫌味ったらしい言い方についムキになって反論しようとしたら、ライナーが私の頭をぽんぽん軽く叩きながら悪戯をする時みたいに歯を見せてにやりと笑った。

「なんだ、羨ましいならそう言えジャン」
「なっ、んなわけねぇだろ!」
「え…羨ましかったのジャン…」
「違うっつってんだろ!その目をやめろ!ドン引きすんな!」

躍起になって反論するジャンは見てて楽しい。
さっきまでは言われてばっかりだったけど、ライナーのおかげで一矢報いることが出来て胸がスカッとする。

「騒がしいけどどうかしたの?」
「あ、アルミンとベルトルト!」

少し遅れてやって来たアルミンとベルトルトが、目を丸くして私たちを、というか主に騒いでいるジャンを見た。

「ジャンに反撃してたの」
「?よくわからないけどそろそろ訓練始まるよ?」
「チッ…おいアルミン、お前ナマエの飼い主ならあっちこっちフラフラしないように躾しとけよ」
「いや僕は別にナマエを飼ってるわけじゃないよ…」

大真面目に返したアルミンにいやそれは例えでな…とか焦ったジャンが説明しているのを見てふふふジャンめアルミンに冗談はあんまり通用しないのだ!ざまあみろ!と何故だか私が誇らしくなっていると、あの、ナマエ…とベルトルトが控えめに話し掛けてきた。

「鼻は大丈夫?」
「大丈夫だよ!心配してくれてるの?」
「まぁ、うん…。さっきは笑ってごめん」
「気にしないで!むしろベルトルトが笑ってくれて嬉しかったから」

そう言うとベルトルトは少し頬を赤く染めながらナマエは大げさだよ、とかなんとか言っていた。 大げさなんかじゃないのになぁ。

「おいそこで和んでる二人、さっさと準備しろよ」

いつの間にかみんな既に準備を始めていて、ジャンが声を張り上げて私たちを呼んだ。そろそろ訓練が始まる時間だ。

「行こっか」
「うん」

顔を見合わせたらベルトルトは口角をちょっとだけ上げて頷いた。



笑顔の代償


「分かってるとは思うがナマエは訓練後の片付け全部な」
「えー!?そんな殺生な!」
「当番サボって遊んでた奴は誰だ?」
「ヤラセテイタダキマス…」

ぎこちなく顔を引きつらせてそう言ったらみんな笑ってた。少し複雑だったけどまぁいっか。






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