ベルトルトの笑顔が見たい会を発足してから数日。
普段なかなか笑顔を見せないベルトルトを笑わせようと本人に宣戦布告をしてまで意気込んだはいいもの、あまり成果は上げられずに悶々とする日々。
彼のガードはこの世界を覆う壁のように強固だ。だけど壁は一度破られてしまったわけだし、彼もきっといつかまた隙を見せてくれるはず。
こんなことを言ったら壁と一緒にしないでと怒られそうだけど。
そう言えば怒った所も見たことないなぁ。
まぁでも怒らせるより笑わせた方が私もベルトルトも幸せだよね。きっと。
訓練の合間の休憩時間、今日も懲りずにベルトルトに話し掛ける。

「ベルトルトー!」
「な、なに…」

手を上げて声を掛けたら大袈裟にびく、と肩を震わせて私を見た。そこまで警戒しなくても。
だけどここでめげたって笑わせることなんて出来っこないから、構わず話し続ける。

「聞いてよ、さっきコニーがね、教官と俺の頭は似ているようで全く違う…ハゲと坊主は別物だ!とかよく分からない主張してたら後ろに教官本人がいてさ、また頭掴まれて怒られてんの。懲りないよね〜」
「そうなんだ…」
「そうなの…」

…全然駄目だ。
笑顔とは程遠い困り顔を向けられてしまった。

「面白くなかったかぁ」
「あんまり…」
「ベルトルトの笑いのツボは難しい…」
「そうかな。普通だと思う…」

それなら私がよっぽど笑いのセンスがないんだろうか。
アルミンからはとにかく面白い話をしてみればいいんじゃないかな、というアドバイスと、ライナーからは一発芸でもしてみろと適当なことを言われたけど、お笑いコンビと名高いサシャとコニーに聞いた方が良かったか。

「うーんいっそくすぐってみるか…」
「えっ」

両手を前に構えてじりじりと近づいてみたら本気で嫌そうな顔をされた。

「…冗談だよ」



********************



「最近あの二人仲が良いな」
「う、うん」
「心配か?」
「…ナマエがベルトルトに迷惑をかけてないかが心配だよ」
「本命の余裕ってやつだな」
「そんなことはないけど…」
「まぁベルトルトの方も本当に迷惑だと思ってたらナマエ本人に言ってるだろう」
「だと良いんだけど」



くすぐりが駄目ならいっそ変な顔でもして笑わせてみようかと画策していたら、向こうからアルミンとライナーが近付いて来るのが見えた。
危ない危ない。アルミンに変な顔を見られる所だった。
私にだって好きな人の前では可愛くありたいという女子らしい気持ちは持ち合わせている。

「ようナマエ、アルミンが構ってもらえなくて拗ねてるぞ」
「ちょっ、ライナー!?」
「えっアルミンが!?」

アルミンが構ってもらえなくて拗ねてる!?
もしかして最近私がベルトルトにばっかり構ってるから!?
全然そんな気はなかったんだけど、焼きもちをやいてくれたのかとにやにやしながらアルミンを見たら拗ねてないよとあっさり一蹴された。切ない。

「それでどうだ?成果はあったか?」
「何の成果も得られませんでした…」

がっくりと項垂れるとまぁそう気を落とすなと慰められた。
ベルトルトの笑顔、控えめだったけどとっても素敵だったからまた見たいんだけどなぁ。
そもそも無理矢理笑わせようとしてること自体が駄目なのかな。

「ナマエ、あんまり無理強いはしたら駄目だよ」
「うん…。ベルトルト、迷惑だったら言ってね」
「迷惑ってわけではないけど…」
「じゃあくすぐってもいい?」
「…アルミン、ナマエ引き取ってもらえるかな…」
「えーっと…」
「冗談だってばー!そんな厄介者押し付けるみたいな!」
「確かにベルトルトはくすぐりに弱いぞ」
「え!」
「ら、ライナー!?」
「昔はよくくすぐられては泣き笑いしながら怒ってたもんだ」
「い、いつの話だよ…!」
「何それ、なんて貴重な光景…!」
「目が輝いてるよナマエ…」

泣いて笑って怒るベルトルトとかものすごく見てみたい…!
今の彼からは全然想像がつかない。昔はベルトルトも惜しみなく怒ったり笑ったりしていたのかぁ、となんだかしみじみしてしまう。
わあわあと騒いでいたらカンカンカンカンとけたたましく鐘が鳴った。休憩時間終了の合図だ。

「休憩終わっちゃった」
「次は馬術だね。急ごう」
「…あ!そう言えば私今日厩舎の掃除当番だった!」
「訓練が始まる前にやっておかないと叱られるぞ」
「うん…。しかも一緒の当番にジャンがいた気がする…。うわ〜絶対怒られる…!」

おせぇとか当番サボりやがって何してたとか怖い顔をして怒るジャンが簡単に想像出来る。
正直にベルトルトを笑わせようと頑張ってましたなんて言ったら更に怒るのが目に見えてるから何か理由を考えておかなきゃ…。
とにかく震えてたってどうしようもないから急ごう。

「わ、私先に行くね!」
「ああ」
「あんまり急ぐと転ぶから気を付け……」
「ぎゃ!」

アルミンが言い終わるより早く、びたん、と乾いた音が響いた。その場が一瞬しんと静まり返る。
こけた。
急ぐあまり足がもつれてこけた。
盛大に、顔面から前のめりに倒れこんで地面とこんにちはした。痛い。

「だから言ったのに…。大丈夫?」
「うぅ……」

アルミンが手を貸してくれたのでのそのそと起き上がる。
鼻がヒリヒリして痛い。元々そんなに高くはない鼻が更に潰れてしまったかもしれない。幸い鼻血は出てないみたいだけど。
涙目になりながら、心配になってアルミンに問い掛ける。

「鼻潰れてない…?」
「ちょっと赤くなってるけど大丈夫だよ」
「本当に?良かったぁ」
「ぷっ…あははは!」
「!?」
「あ、ご、ごめん」
「え…ベルトルトが…笑った……?!」
「だって転んでおいてまず鼻の心配するなんてさ…」
「そ、そりゃ心配するよ!これ以上ぺちゃんこになったら困るもん!」

ベルトルトが笑った。しかも結構盛大に笑った。
あんなに苦労したというのに意図せずこんなにあっさりと彼の貴重な笑いを頂いてしまって、嬉しいような複雑なような微妙な気持ちになる。
しかも理由が私が転んだ上に鼻の心配をしたから。
ちょっとやるせないけどまぁでも嬉しいものは嬉しい。
まじまじとベルトルトを見つめたらちょっと恥ずかしそうにして俯いてしまった。

「そんなに見ないでよ…」
「見るよ!やっぱりベルトルトの笑顔は素敵だよ!かっこいいし可愛い!もっと見せてー!」
「えっ」
「……ナマエは素でこれなのか…。苦労するなアルミン」
「あはは…」

ベルトルトの腕を掴んでがくがく揺さぶっていたら、そろそろ恥ずかしさで爆発するからその辺にしておけとライナーに宥められた。ちぇ。

「それより早く厩舎に行かなくていいのか?」
「あっ!」

ベルトルトの笑顔の衝撃でこの後ジャンから大目玉を食らうだろうと言うことをすっかり忘れていた。
最高潮だったテンションが一瞬にして急降下する。

「ベルトルト、また後で笑ってみせてくれたら嬉しいな…。多分ジャンに怒られてへこんでると思うから」
「また転んだら笑うんじゃないか?」
「転ぶのはもうやだ…」
「…アルミンに頼みなよ」
「アルミンの笑顔ももちろん大好きなんだけどね!?癒しの質が違うと言うか、」
「ナマエ…いいから早く行きなよ…」
「はい……」

少し顔を赤くしたアルミンに諭されて渋々その場を後にした。
転んだし鼻は打ってまだヒリヒリ痛むけど、試験で良い点数を取った時のような満ち足りた気分だ。何とも言えない達成感を感じつつ駆け出した。



君の勝ちだよお馬鹿さん

さっきのベルトルトの笑顔を思い出してにやにやしながら厩舎に行ったら、鬼の形相をしたジャンが待ち構えていてちょっと泣きそうになった。






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