「あー早く巨人駆逐してぇ」

巨人の生態や弱点についての座学が終わり、廊下を歩いていたところでエレンが隣りで突然あー腹減ったみたいなノリで物騒なことを呟いた。

「いきなり物々しいこと言わないでください」
「だってよ、ここを卒業して調査兵団に入って巨人をぶっ殺せるようになるまであと二年以上はかかるってことだろ?」
「まぁそうだけど。…エレン、調査兵団に入りたいっていうのは昔から変わってないんだ」
「当たり前だろ」
「…そっか」

エレンはシガンシナ区に住んでいた頃から調査兵団に入ると豪語していて、その度にカルラおばさんに咎められていたと聞いた。
調査兵団。
人類の新たな領域を広げるために犠牲を覚悟して巨人ばかりの壁外に踏み込む、もっとも危険な兵科。
私の父も調査兵団だった。
黙り込んで考え事をしている私を不思議に思ったのか、エレンが猫みたいな大きな瞳を向けて問い掛ける。

「モニカは?どこにするかもう決まってんのか?」
「私は…まだなんにも」
「ふーん」

上位十人の中に入れたらやっぱり憲兵団かなぁと思うけど、簡単なことではないし難しいだろう。
そしたら駐屯兵団かなぁ。
調査兵団は…最初から考えていない。

「あの人類最強のリヴァイ兵長みてぇに巨人のうなじ削ぎまくったら気持ち良いんだろうな」
「うーんでもその間にやらなきゃいけないことはいっぱいあるよ。もっと体力とか筋肉つけなきゃだし立体機動にも慣れてきたばっかりだし」
「アルミンみたいなこと言うなよ。モニカだって巨人が嫌いなんだろ?」

私とエレンは巨人嫌いだ。
そりゃあ巨人が好きだなんて人は滅多にいないだろうし、多くの人が巨人に対して恨みや畏怖の念を抱いているだろう。
エレンはお母さんを巨人に食い殺され、そのせいで巨人に対する意識が人一倍強いみたいで巨人は一匹残らず駆逐する、なんてとんでもない目標を掲げているらしかった。
私も巨人は嫌い。
全部、何もかも奪っていった巨人なんて大嫌い。
エレンではないけれど巨人なんてこの世からいなくなればいい。そうしたら壁の外にだって行けるしいつまた巨人が壁を破るかなんて考えなくてすむのに。
でも私にはエレンみたいな勇気はないから。自分一人の力でどうにかなるなんて思ってないから。結局は人任せでのうのうと生きるんだ。これからも。

「おい、邪魔だ」

突然後ろから不機嫌そうに声を掛けられた。
振り向いたら眉間にしわを寄せたジャンがいて、悪人面が更に人相悪くなっている。

「べらべら喋りながらちんたら歩いてんじゃねぇよ」
「あ?そんなにのろのろ歩いてねえよ。だったら抜かせばいいだろ」

売り言葉に買い言葉。
ジャンとエレンは顔を合わせる度に喧嘩をしていて、いつもそれを宥める役目を担っているアルミンやマルコは大変そうだなぁと常々他人事のように感じていた。

「巨人のうなじを削ぎたいだ巨人が嫌いだなんだと頭の悪い会話が聞こえたんでな。とっとと壁の外へでも行っちまえよ死に急ぎ」
「てめぇ喧嘩売ってんのか?」
「やめろよジャン!ごめん、今ジャンのやつ機嫌が悪いんだ」

ジャンの横でマルコが申し訳なさそうに私とエレンに謝ってきた。
大人気ないぞ、なんてジャンのことを咎めていてマルコはジャンのお兄さんみたいだななんてぼんやり思う。

「チッ。おいマルコ、お前もいい奴ぶってんじゃねぇよ」
「僕に当たるなよ」
「相当ご機嫌ナナメだね。何かあったの?」
「さっきの立体機動の訓練で思ったより成果が出なかったみたいでさ。苛々してるんだよ」
「別にそんなんじゃねぇよ」

図星だったらしく顔を逸らしてぼそぼそ呟いたジャンはさっきよりは勢いがなくなっていて、ジャンってこう見えて結構素直なのかなとちょっと可笑しくなる。
それが顔に出ていたのか、ジャンは私を睨んで難癖を付けてきた。完全に巻き添えだ。

「お前もお前だよ、モニカ。死に急ぎ野郎とベタベタつるみやがって」
「えぇ?そんなに言うほどつるんでないと思うけど」
「どうだか。お前も調査兵団に入ってこいつらと仲良しごっこを続けるのか?ご苦労なこった」
「おい、ジャン!」
「…私は調査兵団には入らないよ」

ただ聞かれたことに答えただけなんだけど思っていたよりも冷たい声が出てしまっていたみたいで、三人が少し驚いたようにして私を見た。はっとして慌てて手を目の前でぶんぶん振って取り繕う。

「あ、えっと!まだ何も決めてないけど、多分」
「…そうだな。なんつーかお前、 いつもヘラヘラしてるっつーか、覇気がねぇもんな。そんな奴が壁の外に行ったって十分も持たずに奴らの胃の中だ」

私ってジャンからそんな風に思われていたのか…とちょっぴり衝撃を受けた。ジャンと犬猿の仲であるエレンと私は結構仲が良いから、そういうのもあってあんまり良くは思われていないんだろうなっていうのは薄々気付いていたけれど。

「モニカにまで八つ当たりするなよ。ごめん二人とも。ほら、さっさと食堂行くぞ、ジャン」

マルコはジャンを咎めた後申し訳なさそうに眉を下げて私たちに謝ってからジャンの腕を引っ張って歩いて行った。マルコは本当に気配り上手で優しい。なんでジャンみたいなまるで正反対な人と仲が良いんだろうと純粋に疑問に思う。

「あいつの言うことは気にすんなよ」

歩いて行く二人の背中を見つめていると横でエレンが私をじっと見ながら言った。
彼なりに励ましてくれたんだろうか。エレンの顔をまじまじと見つめたら「なんだよ」なんて不満そうな声が聞こえたからとりあえずふふふと笑っておいた。



八つ当たり、とばっちり






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