困った。やらかしてしまった。
今日中に提出しなければならない課題をすっかり忘れていた私は、夕飯を食べた…と言うか胃に流し込んだ後、急いで資料室にやって来た。
2日程前まではちゃんと覚えていた気がするんだけれど、最近ハードになってきた訓練やら猫のレオ事件やらで今の今まですっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
でもここは忘れてました、はいそうですかと事がすんなりまかり通る所じゃない。キース教官の怖い顔を脳内で思い浮かべて一つ身震いする。大丈夫、そんなに難しいものじゃないし1時間もあれば終わるはず。よしやるぞ、と気合いを入れながら資料室の扉を開けた。

「あれ?」

まさか先客がいるとは思わなかったので思わず間抜けな声が出てしまった。私と同じように課題を忘れてた人かな?と思ったけれどその人物の姿を確認してどうやらそれは間違いだと考えを改める。

「あれ、モニカ」
「アルミン何してるの?」

サシャ顔負けの光の速さで食事を終えてここに来た私よりまさかアルミンの方が早いなんて、と不思議に思って問い掛ける。

「続きが気になってる本があってさ。夕飯はここで食べながら読んでたんだ」

ちょっと行儀が悪いけど、と恥ずかしそうに眉を下げながら笑ったアルミンの手元には、食べかけのスープとパンと一冊の分厚い本があった。
相変わらず勉強熱心だなと感心する。とてもじゃないけど私には真似出来ない。

「モニカはどうしたの?もしかして課題を忘れてたとか?」
「うっ」
「当たり?」

図星をつかれてしまって思わず口ごもるとアルミンはやっぱりとでも言いたげに苦い顔をした。なんだかここのところアルミンには格好悪いところしか見られていない気がするのは気のせいだろうか。「すぐ終わらせるし!」と意地を張って主張しながらアルミンの向かいのスペースに持ってきた筆記具や課題の用紙を広げてから、資料を探すために本棚へ向かう。

「あれって今日までに提出だったよね」
「うん、すっかり忘れててさ。ごめん、本読んでるのに気が散っちゃうかもしれないけど」
「ああ、大丈夫。気にしなくていいよ。頑張って」

そう言うとアルミンは読んでいた本に再び目を落とした。アルミンの優しさに感謝しつつ資料の本を探す。
何て言うか…自分でもよく分からないんだけれど、三年前の壁が壊された日の話をアルミンに話した日から、なんとも言えないもやもやとした感情が自分の中で燻っているのを感じていた。
他の人が一緒の時はあまり気にならないんだけど、こういう二人っきりになった時とかにそのもやもやがよく分かるようになる。
なんだろう、気まずい…?気まずいとはちょっと違うかな……恥ずかしい?過去の話を聞いてもらった挙句子供みたいに泣きじゃくったところを見られたから?でもそう言う恥ずかしいじゃなくて、変に意識してしまうと言うか、照れくさいと言うか、そもそも二人っきりって状況がちょっと恥ずかしいと言うか…。いやいや何で?今までだってそういうことはたくさんあったのに。うーん、やっぱりよく分からない。
自分のことなのに曖昧で靄がかかったようなはっきりと理解出来ない気持ち悪さを感じながらも、今は課題の方が先決だと本棚に視線を巡らす。
あ、あった。自分の背より高い所にある本に手を伸ばしてそれを取ろうとするけれど、本の背が人差し指に掠れるだけで届かない。何度かジャンプしてみたけど届かない。くそう、梯子を持ってくるしかないか。時間がないって言うのに。なんだか前にもこんな状況があったような…。またベルトルトが運良く通りがかってくれないかななんて都合の良いことを考えていると、後ろから突然ぬっと手が伸びて実にあっさりと目当ての本が本棚から抜き取られた。驚いて振り返るといつの間にかいたらしいアルミンが「これ?」なんて言いながらたった今手に取った本を私に渡した。

「……本読んでたんじゃないの」
「そうだけど、モニカが飛び跳ねてるのが見えたから」
「……なんで届くの」
「なんでって…身長の差かな」
「……昔は私の方が高かったのに」
「昔はね」

シガンシナ区に住んでいた頃のアルミンは私よりも背が低くて、つい守ってあげたくなってしまうような、からかいたくなるような、女の子みたいな可愛い男の子だった。
だけど今目の前にいるのはそうじゃない。成長したとは言えやっぱり可愛いしついからかいたくなるのは変わらないけれど、物知りで勉強熱心で人一倍努力家で、だけどそれらを決してひけらかしたりしない、控えめで優しいままの一人の男の子だった。身長を追い越されてしまったというなんとも言えない寂しさを感じないと言ったら嘘になるけどそれよりもつまり、それらをまとめて一言で言うと格好良くなったってことだろうか。
それを意識すると途端にざわざわと得体の知れない感情が込み上がってきた。

「もう僕の方が大きくなったよ」

威張ったり偉そうだったりと言うよりも、どちらかと言うと少し嬉しそうな表情で柔らかく笑いながらそう言ったアルミンの顔を見たら何故か恥ずかしくなってしまって、慌てて顔を背けてしまった。
かなり不自然な行動に出てしまったと後悔するも時既に遅し。ちらりと様子を伺うと首を傾げて不思議そうに私を見る瞳と目が合った。

「怒った?」
「え、いや、そうじゃないけど…」
「モニカのことだから拗ねたのかと思ったよ」
「…そんなことで拗ねませんー」
「どうかな」

からかうようにくすくす笑うアルミンに何でも見透かされているような照れくささを感じつつ、生意気だとその柔らかいほっぺたをつねってやりたい衝動に駆られたけれどぐっと堪え顔を上げて未だ楽しそうな表情のアルミンを見上げた。

「そのうちまた追い越してやるんだから」
「うーん、既にこれだけ差があるとそれはちょっと難しいんじゃないかなぁ」

自分の手のひらを私の頭と水平にして高さを測るみたいな素振りをした後、真面目な顔でそう言うのでちょっとムッとして言い返す。

「まだ分かんないよ?もしかしたらベルトルトくらい大きくなるかもしれないし」
「それはどうなんだろう…」
「…まぁ、身長の話はともかく…ありがと」
「ん?」
「本。取ってくれて」
「あぁ、どういたしまして」

そう言ってなんでもないことのように笑ったアルミンは自分が元いた場所に戻って行ったので私も取ってもらった本を片手に席につく。
課題をしている間ずっと、優しく微笑んだ表情が目に焼き付いて離れなかった。



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