訓練兵の食事は当番制で、全て自分たちで調理し後片付け等も自分たちで行う。
最初のうちは、きつい訓練の後に大量の芋の皮をむいてスープを作ったり皿洗いをするのがかなり重労働に感じたけれどそんな生活が一年も続いていれば人間とは慣れるもので、最近はそれほど苦に感じなくなっていた。すごく疲れきっている時なんかは面倒だな、と思うことはたまにあるけれど。それでもみんなで雑談をしながらの作業はなかなか楽しくて、ここに来る前の生活からは考えられないなとぼんやり思う。

「サシャ、つまみ食いしちゃ駄目だよ。コニーも!」

声がした方に目を向けると、芋の皮をむきながらつまみ食いをしていたらしいサシャとコニーをクリスタが叱っていた。クリスタにしては珍しく目を釣り上げて怒っているみたい。

「腹減ったんだよなー」
「生で食べたらお腹壊しちゃうよ」
「大丈夫ですよ!まぁ生より蒸かした方がもっと美味しいですけど」
「…もう」

呆れた顔をしながらも笑ったクリスタは、叱りつつも二人のお腹の心配をしていて優しいなと思う。さすがみんなの女神。
その後ろをパンの山を抱えたユミルが通り掛かり、叱られてもなお芋を食べ続けている二人に冷ややかな視線を送りながら呆れた声音で話しかけた。

「なんだ?お前ら凝りもせずまたつまみ食いしてんのか?」
「あ、ユミル。食料庫からパン持ってきてくれたの?ありがとう」
「ではそっちも一つ…」

ユミルが抱えているパンの中からそのうちの一つを掴もうと伸びたサシャの手を華麗にはたき落としたユミルは、チッと舌打ちをして「やめろ」と少々ドスの効いた声で咎めた。ひぃ、とサシャが情けない声を上げる。

「クリスタ、そいつらの分のスープには芋を入れなくていいぞ」
「えっ?」
「な!?何でですか!」
「当たり前だろ?今そうやって散々食ってるんだからな」
「ひどいです!横暴です!」
「そうだぞ!何でお前に決められなきゃいけねぇんだ!」
「私はごく当たり前のことを言ってるだけだと思うんだが…お前らはバカなのか?ああそうかバカだったな。悪かった」
「なんだとこのブス!」
「コニー、駄目だよそういうこと言ったら!ユミルも!」
「芋が入ってないスープなんて嫌です!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ四人を眺めながら相変わらずだなぁと呆れつつも微笑ましくなる。つまみ食いはどうかとは思うけれど、そこにいるだけで場を明るくするサシャやコニーの存在は104期訓練兵の中でとても大きいと思う。

「またやってるね?サシャとコニーったら」

私の隣りで鍋をかき回していたミーナも同じように四人のやりとりを見ていたらしい。苦笑しながら話し掛けてきた。

「見つかったのがクリスタとユミルで良かったねって感じ。これがアニだったら問答無用で蹴られ……あれ?アニは?」
「そう言えばいないね」
「もう、当番なのに何やってるんだろ。私今手が離せないからモニカ探してきてくれない?」
「うん、分かった。じゃあちょっと行ってくるね」

皮をむいた芋を適当な大きさに切る作業を中断してミーナに任せ、食堂を抜けて外に出た。辺りは既に薄暗くなってきている。早めにアニを見つけて調理場に戻って調理を再開しなければ。
アニがいる場所に見当もつかないけれど、とりあえず寮から探してみようかな。もしかしたら具合が悪くて寝ているのかもしれない。
寮の方に足を向けたところで、食堂脇の茂みに黒い物体がもぞもぞと動いているのが目に入った。何だろう、と少し近付いてみるとそれは黒い猫だった。こんな所に猫なんて珍しい。迷い込んだのかな?更に近付いて触ろうとしたら茂みの中に隠れてしまった。体を乗り出して覗き込んでみると安心しきったように毛繕いをしている。もしかしてここが寝床なのかな。正直こんなことをしてる場合ではないのは分かっているんだけれど、可愛い動物がいたら構いたくなってしまうのは仕方がない。
手を伸ばして小さな体を抱き上げると、にゃあ、と小さく鳴いた猫は暴れることもなくすんなりと腕の中に収まってくれたのでちょっぴり嬉しくなる。可愛い。
顔が緩むのを自覚しつつ猫を抱きながらあやすみたいに体をゆらゆら揺らしていると、前方の茂みの先、開けた場所に人影が見えた。こんな何もない場所に人?
近付いてよく見てみると人影は三人で、どれもよく見知った人物だった。ライナー、ベルトルト、アニが何やら難しい顔をして話し込んでいる。会話の内容は聞こえないけれどどうやら真剣な雰囲気だ。疑問に思いながらも探していた人物を見つけたのでガサガサと音を立てながら近付くと、三人は驚いた顔をして私を見た。

「モニカ…!?」
「こんな所で何してるの?」

抱えている猫の片手をや、と上げながら問い掛けると、脱力したらしいライナーが溜め息を吐いた。

「何だ?その猫」
「わかんない。ここに住み着いてるのかも」
「……モニカ、その…俺たちの話、聞いてたか?」
「え?ううん、聞いてない。聞かれちゃまずい話でもしてたの?」
「いや、そういうわけではないが…」
「それならちょっとアニを借りてもいいかな?アニ、今日食事当番だよ。ミーナがアニを連れてこいって」
「……行くよ」

ライナーとベルトルトに背を向けてすたすたと歩き出したアニはこちらに近付くと私の腕の中の猫に視線を落とした。もしかしてアニも抱っこしたいのかな。

「アニ猫好き?」
「別に」
「触ってみる?もふもふしてて可愛いよ。この子野良だと思うけど人に触られることに慣れてるみたい」
「それはいいけど、それ持ったまま調理場行く気?」
「……あ」

そうだった。すっかり腕の中に馴染んでいたけどこれから食事を作らなきゃいけないんだった。調理場に猫を入れるわけにもいかないし、と渋々地面に下ろしてやると、猫は未だ立ち尽くしている背の高い二人組の方に近付いていった。
足元に寄ってきた猫を触るためにしゃがんだライナーとベルトルトの姿は傍から見ると微笑ましくて新鮮で、思わずにやにやしてしまった。

彼らと別れて再び食堂へと歩き出す。
隣りを歩くアニはいつもの無表情で特にお喋りをするつもりはないようだ。だけど食堂までずっと無言というのも変なので、三人の姿を見つけた時から疑問に思っていたことを聞いてみた。

「アニってあの二人と仲良いの?」
「…別に仲良くないよ。ただ…昔からの知り合いってだけ」
「そうなんだ。幼馴染みってやつ?」
「そこまで親しいわけじゃないよ」
「そっか。じゃあ私と同じような感じだね」
「あんた達は仲が良いでしょ」
「そうかな?そう見えてたら嬉しいけど」

アニは相変わらず眉をぴくりともさせない冷めた表情をしていたけれど、冷たい人ってわけじゃないのは知っているから構わず更に話し掛ける。

「あ、そう言えばさ、今度の対人格闘術の時間私と組んでくれないかな?アニの蹴り技すごいよね。私格闘術って全然駄目なんだけど、やっぱり少しでも強くなりたくて」
「…別にいいけど怪我しても知らないよ」
「望むところ!」

この前エレンと組んだ時は散々だったけど、次回アニと組んだ時は技術を盗む勢いで頑張ろう、と鼻息荒く両手を握り締めて気合いを入れたら、隣りの無表情だった顔が少しだけ綻んだ気がした。それだけでなんだか嬉しくなってしまう。



食堂の扉を開けると良い匂いが漂ってきて、そろそろ食事の時間だと告げていた。

「もうほとんど準備終わっちゃってるかな。ミーナにどこ行ってたの!って怒られちゃうかもね」
「そうならないことを祈るよ」

自分は無関係であるかのようにしれっとした表情で言ったアニに苦笑しつつ、調理場へと急いだ。



料理当番と猫





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -