一夜明けて、大分すっきりした頭で目が覚めた。いつもは寮で一、二を争うくらい起きるのが遅いのに、今日は珍しく一番最初だったみたいだ。
まだ寝ているみんなを起こさないようにそろりとベッドから抜け出て壁に掛かっている鏡を覗き込む。良かった、目は腫れてないみたい。ほっとしながら顔を洗い、支度を整えてから外に出た。

あの後、結局私が落ち着くまでアルミンはずっと側にいてくれた。なんだか申し訳ないのと恥ずかしいのとで複雑な気持ちだ。そりゃ勿論長話に付き合ってくれた上に側にいてくれたのは嬉しいけれど、泣いているところを見られてしまった。しかもあんな子供みたいにたくさん泣いてしまうとは。アルミンの方は気にしていないかもしれないけれど、私の方は結構恥ずかしい。今日会うのがちょっと気まずいななんて勝手なことを思っていると、後ろから声を掛けられて思わずびくりと肩が揺れた。

「モニカ?」
「わぁっ!?」
「あ、ごめん。びっくりさせちゃった?」

声で誰だかは分かったので恐る恐る振り返ると、ぱちぱちと瞬きをしたアルミンが不思議そうな顔をして立っていた。

「う、ううん、大丈夫」
「モニカがこんな時間に起きてるなんて珍しいね」
「あー…うん。目が覚めちゃって」
「昨日はよく眠れた?」
「おかげさまで」

良かった、と笑ったアルミンの表情はまさに今日みたいに清々しく晴れた朝の空気にぴったりだ。対して私の方は変な汗をかいて焦りまくっている。

「あ、あのさ、アルミン」
「ん?」
「お願いがあるんだけど」
「なに?」
「……昨日私が泣いたことは内緒にしておいて」

ぼそぼそと小声でそう言うと、一瞬面食らったように呆けた様子だったアルミンは次にぷっと可笑しそうに吹き出した。

「な、なんで笑うの…!」
「ごめんごめん。なんかやけに切羽詰まってるなと思ったからさ。大丈夫、言わないよ」
「…人前で泣くことにあんまり慣れてないから恥ずかしいの」
「そうみたいだね。モニカが泣いてるところは初めて見たからちょっとびっくりしたよ」

そう言ったアルミンはなんだか嬉しそうだ。弱みを握られてしまったような感覚に居た堪れなくなってぐっと言葉を詰まらせる。
アルミンは「からかってるわけじゃないよ」と弁解した後、でも、と真剣な声音で続けた。

「モニカが泣いて安心したんだ。今まで我慢してきたものが少しでも吐き出せたのかなってさ」
「…アルミン優しいね」

アルミンが優しいのは知ってたけど、なんだか調子が狂う。と言うよりただ自分が恥ずかしいだけな部分が大きい気もするけれど。泣いている時に側にいてもらって、優しい言葉をかけてもらって、勿論嬉しくないわけじゃないけれど慣れていないから生憎照れくささの方が上回っている。
話題を変えようとそう言えば、ともう一つ気になっていたことを聞いてみることにした。

「あのさ…エレン、怒ってた?」
「エレン?あぁ、エレンの方も気にしてるみたいだったよ。何も言わなかったけどなんだかやけに静かだったし」

エレンの言っていたことは正しいと思う。立派だと思う。でも誰もがエレンのように強いわけじゃない。私は弱虫で臆病者だから、エレンのようにはなれない。
だけど考えが違うからと言ってこのままなのは嫌だ。

「エレンと話してみなよ。多分エレンもモニカと話したいって思ってるよ」
「…うん」

少しだけ不安だけれど、後でもう一度エレンとちゃんと話をしようと決めた。



********************



訓練兵を全員集めて訓練場で毎朝行われる朝礼で、昨日亡くなった兵士への黙祷を捧げた。遺体は共同墓地に埋葬されたらしい。昨日のことなのに、どこか遠くに感じる。人は案外あっけなく死んでしまう。彼もまさか自分がああやって死ぬとは思いもしていなかっただろう。ここはそう言う場所なんだ。昨日アルミンが言っていたことを思い出した。

朝礼が終わり、訓練場を後にしようとしていたエレンを呼び止めた。私が話しかけるとは思っていなかったのか、エレンは私を見ると一瞬目を見開いた後「…なんだよ」とぶっきらぼうに言った。

「エレン」
「うるせぇな、分かってるよ」

エレンの後ろにいたミカサが咎めるように彼の名前を呼ぶと、エレンは罰が悪そうに私の方に向き直った。

「えーと…エレン、昨日はその…エレンの目標を否定するようなこと言ってごめん。実現して欲しいって思うよ。エレンがそのために頑張ってることは知ってるから。私はエレンみたいにはなれないし考え方は違うけど、エレンと気まずいままなのは嫌だよ」

猫のような大きい瞳を見つめながらそう言うと、彼は私から目線を外して決まりが悪そうに後ろ頭を掻きながら呟いた。

「あー…まぁ、なんつーか…悪かった。昨日は言い過ぎた。でもオレは間違ったことは言ってねぇぞ」
「うん」
「エレンにはエレンの、モニカにはモニカの考えがある。考え方を一緒にする必要はない」

シンプルなミカサの言葉に私とエレンは二人してまじまじと彼女を見つめた。ミカサはあまり口数が多い方ではないけれど、時々はっとするような、的を射る発言をする。私たち二人から視線を向けられたミカサは不思議そうに首を傾げた。エレンは気が抜けたように溜め息をつき、私はそんな様子を見てつい笑ってしまった。

昼休憩の時に、昨夜アルミンに聞いてもらった、自分の過去もかいつまんで話した。ただの自己満足かもしれないけど二人には話しておくべきだと思ったし、聞いておいて欲しかった。
話すだけで楽になる、とはよくいったもので確かにそうなのかもしれない。今まで胸の内に抱え込んでいたものを外に出すのは勇気がいるし怖い。でも彼ら三人のおかげで無気力だった自分を少しずつ変えられるかもしれない。私も三人のように強くなりたいと思った。



心機一転





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