食堂にやってくると、話し声や食器がぶつかる音が耳に入った。いつもの喧騒にどこか安心している自分がいることに気が付く。
あんなことがあった後でもお腹は減るし食べないと体が持たない。兵士というものはたくましい。
だけどやっぱりどこかいつもとは違う雰囲気も拭えない。顔色が優れない人や席についてはいるものの食事を始めようとしない人もいる。104期訓練兵から初めて死者が出たんだ、無理もないと思う。なんて倒れた私が言えたことじゃないけど。

「モニカ」

声を掛けられてそちらに目をやると、ミカサがいつもと変わらない表情をして立っていた。

「具合は大丈夫なの」
「うん、もう平気。心配かけちゃってごめんね」
「それはいいけど」

気に掛けてくれてありがとう、と答えようとしたところでエレンとアルミンもこちらに近付いて来た。具合を探るかのように三人に囲まれて少しだけ狼狽えたけど、心配してくれていたらしいことは伝わったのでもう大丈夫だということとお礼を言うと、三人とも安心したように表情を緩めてくれた。
私たちのやりとりを見ていたクリスタとユミルが気を使ってか、それじゃあお大事にね、と移動する途中でもう一度礼を述べるとクリスタは気にしないでと笑い、ユミルは興味なさげに手をひらひらさせていた。一緒に食堂まで来てくれたのに、二人には申し訳ないことをしちゃったな。
結局夕飯は三人と一緒に食べることになって、食事を受け取った後同じテーブルについた。

「モニカ…その、大変だったね」

パンをちぎって口に運んでいると、アルミンがおずおずと控えめに口を開いた。
話題に出すのを躊躇ったのか、でも出さないのも不自然だと思ったのか、なんだかそういう律儀なところがアルミンらしい。

「…うん」
「あんまり背負い込むなよ」
「…エレンが珍しく慰めてくれた…」
「なんだよ、悪いかよ」
「悪くないよ。エレン、本当は優しいもんね」
「エレンは元々とても優しい」
「うるせぇぞミカサ。なんだよ元気じゃねぇか」

ちょっと照れたように顔を逸らしたエレンと何故か誇らしげなミカサ、まぁまぁ、と苦笑しながら宥めるアルミンのいつも通りのやりとりに少し気持ちも落ち着いた。
私にミカサくらいの身体能力があったら彼を助けられたかなとか、アルミンみたいに頭が良かったら助けるための何か良い方法が思い付いたかなとか、エレンくらい真っ直ぐにがむしゃらになれたら突っ走る彼を止められたかなとか、少しだけ考えてしまったけれど今更そんな無意味なことを考えても仕方がない。
私たちは兵士なんだ。あまり考えたくはないけれど、今後も死者が出るかもしれない。それはもしかしたら自分自身に降りかかることかもしれない。落ち込んでないでちゃんと気を引き締めないと。

「三人ともありがとう」

なんだか嬉しいな、とふと思った。シガンシナ区に住んでいた頃は特別親しくしていたわけでもないし、幼馴染み、と言えるのかはよく分からないけれど三人といると安心する自分がいることに気が付いた。今更だし三人はどう思っているのか分からないけれど。もし彼らも同じ気持ちだったら少し…ううん、かなり嬉しいかもしれない。



夕飯を食べ終わり寮に帰ろうとしているところでそうだこれ、とアルミンが一枚の用紙を渡してきた。
そこには希望兵科調査、と書かれていて、これはなんだと思わず顔を上げてアルミンの顔を見つめる。

「モニカが医務室にいる間に配られたんだ。今現在の希望兵科の調査だって。最終的にどの兵団に進むのか決めるのはあと2年後だけど、参考に事前に調査してるんだってさ」
「へぇ……」

それぞれの兵団への希望人数を大まかに把握するための調査ってところだろうか。
最も狭き門の憲兵団に入れるのは成績上位10名だけだけど、この希望調査はあくまでも希望だからそこのところはとりあえず考慮しなくていいらしい。それだったら憲兵団を選ぶ人が多いような気もするなぁ。

「モニカはどうするか決めてるの?」
「うーん…まだなんとも…。みんなは?」
「オレは調査兵団に入る」

意思の強い瞳ではっきりとエレンがそう言った。エレンは兵士になる前、シガンシナにいた頃から調査兵団に入ると言っていた。調査兵団が民衆から何を言われようがお母さんに反対されようがそれは頑なに譲れないらしかった。
調査兵団。まさにエレンのような死に急ぎが多く所属する最も危険なところ。

「…調査兵団なんてそんないいものじゃないよ」
「なんだよ?モニカも調査兵団なんて税金の無駄だって言いたいのか?」
「そうじゃないけど…。壁の外に出たら巨人がいっぱいいるんだよ?」
「それは分かってる。でもここで誰も続かなかったら今まで死んでいった人達の命が無駄になるだろ」
「でも、エレンだって死ぬかもしれないんだよ」
「だからってこのまま壁の中で呑気にメシ食って寝て家畜のように生きていくのか?外の世界のことを何も知らず一生壁の中で過ごすなんて、そんなのオレはごめんだ」

昔アルミンに見せてもらった外の世界の本はエレンに大きな影響を与えたらしい。そこに書かれた景色を自分の目で見るために、外の世界を探検するという夢は今でもエレンの中で大きな原動力になっているらしかった。
だけど調査兵団に入ったって外の世界のことを知る前に死んでしまうかもしれないのに。死んでしまったら、何も残らないのに。
ミカサとアルミンは私たちのやりとりを心配そうに見つめていた。

「エレンは自分が死んだっていいって言うの?」
「死んだっていいなんて思ってない。だったらモニカは一生壁の中で生きることに何の疑問も思わないのか?」
「…壁の外の世界を見てみたいとは思うよ。思うけど、調査兵団になったってどうせ巨人に食われて終わりだよ」
「やる前からそうやって決め付けてたら出来ることだって出来なくなるだろ。モニカも巨人が憎いんじゃなかったのかよ」
「…巨人なんて嫌いだよ。だからって私に何か出来るとも思わないし、壁の外をどうにかしようなんて所詮夢物語で非現実的だと思う」
「…ああそうかよ。モニカがそんなに意気地無しで腑抜けた奴だったなんてな。だったら一生壁の中で家畜みてぇに暮らしてりゃいいだろ」

他人と揉めたくない。面倒なことはしたくない。いつの間にかそうやって無気力に生きることに慣れてしまっていて、言い争うなんて随分長いことしていなかったと思う。それで構わなかった。別にどうだって良かった。
だから普段なら口にしない言葉が溢れてしまって自分でもどうしてこんなことを言っているのかよく分からなかった。
同期の死を目の当たりにして感情的になってしまっていたのかもしれない。とにかく思った以上に参っていたらしい。そんなの理由にもならないけど。
泣きたくなんてないのに涙が溢れた。勝手に喚いて挙句泣くなんてどうかしてる。
気付いたらその場から逃げるようにして外に飛び出した。



臆病者と死に急ぎ




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