彼が私の忠告を聞いていればこうはならなかっただろうか。
私がもっと早く動けていれば彼を助けられただろうか。
あの時ああすれば良かったなんて過去を悔いることは簡単だ。誰にでも出来る。
目の前で人が死ぬ様を見て、二年前のあの時の光景が蘇った。また、だ。



立体機動の訓練は毎回過酷で体力は勿論のこと気力も削られるし頭も使わなければならない。成績で一番重要視されるのも立体機動の訓練だから皆真面目に取り組む。だけど訓練生生活が一年経とうとしている頃には慣れから来る怠慢な行動もしばしば見られるようになった。
その日の訓練は教官から指定された三人ずつの班で、途中巨人の模型を相手にしつつ比較的長い進路を目的地まで如何に早く辿り着けるかといった内容だった。
同じ班になったのはクリスタともう一人、不真面目な男子で、普段から横柄な態度を取るところがあまり好きではなかった。クリスタは良いけれど彼のことは正直苦手だし態度や口には出さなかったけれど早く訓練が終わればいいと最初に思ったのを覚えてる。
彼は私を一瞥した後、足を引っ張ったら容赦しねぇぞと吐き捨てた。不真面目とは言っても立体機動には自信があるらしく、私とクリスタのことなんてお構いなしに最初からガスを吹かしてぐんぐん木の間を進んで行く。後で文句を言われるのも嫌だから私も必死になって森の中を駆ける。後からクリスタもついて来ているようだ。巨人の模型のうなじを削ぎ落とし、またぐんぐん進んで行く。速さも重要だけどチームワークも必要だし、何よりそんなにガスを使ってたら目的地まで辿り着けないんじゃ、と注意を促してみたけれどうるさいと言われてしまったので余計なことは言わないことにした。
三十分程経ってだいぶスタート地点から進んだし目的地まであと少しだろうか。
そう思ってふと彼の様子を伺うとちょうど模型のうなじにブレードを振り下ろしたところだった。模型を倒した数は班の中で圧倒的に彼が多い。まぁこのまま目的地まで到達すれば私とクリスタはともかく彼の個人成績はなかなかの好成績を収められるんじゃないかな。そう思った瞬間、プシュ、と嫌な音がして彼の体はそのまま落下した。ガス切れ。それを理解したところでどうすることも出来ない彼は悲痛な声を上げながら地面へ落ちて行った。パニックになっている。咄嗟にガスを吹かして加速する。けれどこの距離ではきっと間に合わない。彼の体の一部にアンカーを刺して落下を防いだ方が早そうだけれどここからだと距離があるし周りの木が邪魔になってそれも難しいだろう。だからと言って諦めるわけにもいかない。ワイヤーが音を立てて巻き上げられて行く。この状況で必死になって体を動かす自分と、とてもじゃないけれど間に合わないと頭の中はいやに冷静な自分がいて最早自分自身がよく分からなかった。
間に合え。でもきっと間に合わない。間に合え。でも。
目から涙が零れていた。視界が霞んでよく見えない。
記憶を失う直前、赤い血と地面に叩きつけられた彼の体が鮮明に目に映った。これは助からないと思った。
後ろの方でクリスタが何かを叫んでいた。
そこで意識は途絶えてしまって、後はどうなったのか覚えていない。














目を覚ますと見慣れない天井が目に入った。しばらくぼーっとしながら考えて、とりあえず起き上がろうと体を動かす。頭が少しだけズキズキと痛むけれど我慢出来る程度なのでゆっくりと腕に力を入れた。起き上がって周りを見渡すとどうやら医務室らしいということは分かったけれど、自分はどうしてこんな所にいるんだろう。
窓の外は赤く染まっていて、もう夕方らしかった。確か私は立体機動の訓練を受けていて、それで…。
記憶を辿り寄せている途中で部屋の扉が開く音がしてそちらに目をやると、クリスタとユミルが部屋に入ってくるところだった。

「モニカ!」

焦ったようにして小走りでこちらに近付いてきたクリスタは、心配そうな表情で私をじっと見つめた。その後ろからいつもと変わらない様子のユミルも面倒くさそうにゆっくりとやって来る。まるで正反対な二人にちょっとだけ笑いそうになってしまった。

「もう具合は大丈夫?」

眉を下げながら問い掛けるクリスタは相変わらず可愛いなぁなんて呑気なことを思いながら、安心してもらうために笑顔を作る。

「うん、大丈夫」
「良かった。心配したよ」
「心配かけてごめんね」
「まったくだ。怪我したわけでもないんだからほっとけっつったのにこの女神様は様子を見に行くって聞かなくてよ」
「もうユミル!でも大丈夫そうなら良かった。どこか痛むところはない?」
「うん、平気。ありがとうクリスタ。ユミルも」

わざわざ様子を見に来てくれたんだと思うと申し訳ないのと同時に嬉しくなってお礼を言うと、クリスタはいいんだよ、と何だか悲しそうに笑ってユミルは興味なさげに後ろ頭を掻いていた。やっぱりとことん正反対で面白いなぁ。
和んでいると、ふとユミルが何かを探るように目を細めながら私をじっと見つめた。なんだか蛇に睨まれているような、あまり落ち着かない感覚。

「どうした?目の前で人が死んでビビったか?」
「…ユミル!」
「お前、人が死ぬ所を見るのは初めてだったわけじゃないんだろ」

ああ、そうだ思い出した。
訓練の最中に同じ班の兵士が死んだんだ。
訓練の最中に死者が出ることがあると言うのは最初に聞いていたけれど、104期訓練兵から死者が出たのは初めてだった。

「うん。私シガンシナの出身だから」
「そういやそうだったな。まあ目の前でグロい死に方されちゃあな。つっても巨人に食われる方がエグいか」
「ちょっとユミル、モニカは起きたばっかりなんだからそんなこと今言わなくても…」
「クリスタ、ごめんね。私助けられなかった」
「モニカ…それは私も同じだよ。まさかあんなことになるなんて…」

瞳に涙を浮かべたクリスタは、眉を寄せて悲痛な表情でそう言った。
今更になって罪悪感や後悔が胸の内でぐるぐるしだしてどうしようもない。

「あいつの自業自得だろ?ガス吹かしまくって一人で突っ走って挙げ句の果てにガス切らして落ちるなんざ自業自得以外の何物でもねぇよ。ツケが回っただけだ」
「ユミル…そんな言い方…」
「ま、とにかくあんま気にすんなってことだ」

ユミルなりに、不器用だけど慰めてくれたんだろうか。気にしないことはまだ出来そうにないけれど、気を強く持たなきゃ駄目だ。ここで押し潰されたら駄目だ。

「そう言えばクリスタ、あの後大変だったよね。私気を失っちゃって…。迷惑掛けてごめん」
「ううん、教官がすぐに来てくれたから。同期があんなことになったんだもん、倒れるのも無理ないよ」
「あんなことでいちいち倒れてたらこの先やってけねぇんじゃねえの」
「もう、ユミル!」

咎めるように声を張り上げたクリスタに、ユミルはハイハイと面倒くさそうに首を振った。確かにユミルが言うように情けないなと思う。兵士なんだから、ここでは人の死なんて当たり前なんだ。だからと言って慣れたくはないけれど、もっと心を強く持たないとやっていけなくなる。心も体も、強くならなければ。

「もうすぐ夕飯だけど食べられそう?」
「うん、お腹ぺこぺこだよ」
「良かった。じゃあ一緒に食堂行こう」
「またぶっ倒れんなよ」
「ありがとう二人とも」

倒れた時に打ったのか、まだ少しだけ頭は痛むけれど夕飯を食いっぱぐれるのは遠慮したい。あんなことがあった後でもお腹は空くものなんだなとどこかぼんやりしながら思う。
申し訳程度に今まで自分が寝ていたベッドのシーツを綺麗に整えてから、二人に続いて医務室を後にした。



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