「本当にそんなの外の世界にあるの?」
「あるんだよ!海って言って、世界の大半はその海って水で覆われているんだって」

麗らかに晴れた日の午後、川沿いの階段に並んで座り、いつもより興奮気味に話す声に耳を傾ける。
目の前を流れている川の水面は日の光を受けて踊るように光っていて、隣りのアルミンの顔もそれに負けないくらいきらきらと輝いていてなんだかちょっとだけ笑いそうになった。





お母さんと一緒に食料や日用品の買い物に来ていた私は早々に飽きてしまって、市場から少し離れた広場で何をするでもなくぼんやりとしながら買い物が終わるのを待っていた。
お母さんたら近所に住んでいるおばさんとばったり会って井戸端会議を始めちゃったから、あれはまだ時間がかかるだろうな。
荷物持ちとして連れてこられただけで一緒に買い物をする必要はなかったからそれはまぁいいんだけど、早く終わんないかなぁ。まぁ帰っても特にすることがあったわけじゃないんだけど。
ふぁ、と一つ大きなあくびをしたところで見知った人物が市場の方に歩いて行くのを見つけた。
周りの大人達と比べて背の低いその姿をよく見つけられたな、と自分自身に笑ってしまう。口元に手を当ててその人物の名前を呼んだ。

「アルミーン!」

名前を呼ばれたアルミンはきょろきょろと声の発信源を探して、私の姿を確認すると一瞬びっくりしたような顔をしてから、警戒しているかのようにゆっくりと近付いて来た。

「そんなに怯えなくても取って食べたりしないよ」
「…何してるの?」
「お母さんの買い物待ってるの。アルミンは?」
「じいちゃんのお使いに来たんだ」
「急ぎの用事?」
「そういうわけじゃないけど…」

そっか、と納得してから自分が座っている隣りのスペースをぽんぽん叩く。不思議そうな顔をしているアルミンに座るように促すと、訝しげな表情をしながらも素直に私の隣りに腰掛けた。

「なに?」
「何かお話聞かせて」
「え」

自分が暇だからと言って、我ながら随分な無茶振りだとは思う。
アルミンは物知りだから私が知らないようなこともたくさん知ってる。そういう話をいつか聞いてみたいと思っていたし今がその時なんじゃないかと勝手に閃いてしまったわけで。
えぇ?と困惑するアルミンに構わず身を乗り出しながらせがむと、困った顔をしながら私から視線を逸らした。

「何かって言われても…」
「なんでもいいよー。あ、外の世界の話は?」

そう言った途端アルミンはぴくりと反応した。そわそわと、何かを探るようにじっと私を見つめている。

「…外の世界の本のこと、憲兵の人に言わない?」
「言わないよ」

おずおずと心配そうに私を見上げながら尋ねるアルミンに思わず吹き出しそうになる。いくら私がいじめっ子だからってそんなこと、絶対にするわけないのに。

「内緒だよ?この前その本で読んだんだけど、海っていうのが外の世界にはあるらしいんだ」
「うみ?聞いたことない…。本当にそんなのあるの?」
「あるんだよ!世界の大半はその海って水で覆われているんだって」

世界の大半が水で覆われている?
それって、泳げない人はすごく大変なんじゃないかな…と想像しながら考えてみるけどアルミンは構わず話し続ける。

「それで海って言うのはね、全部塩水なんだって!」
「塩?そんなにいっぱい塩があるの?商人が大儲けしちゃうね」
「あはは、エレンと同じこと言ってる。でも取り尽くせないほど海は広いんだ」
「じゃあ塩じゃなくて砂糖でいっぱいの海もあるのかな?」
「え、うーん…それは聞いたことないなぁ…」
「私はしょっぱい海より甘い海の方がいいなぁ」
「モニカらしいね」

そう言ってアルミンは眉を下げて笑った。塩も砂糖も高価なものだけど、どっちかと言ったら甘い砂糖の方が好きだもん。

「それから炎の水や氷の大地、砂の雪原とか…他にも見たこともないような景色が外の世界には広がっているんだって!」

ほっぺたを赤くして興奮気味に話す様子を見ているとなんだか聞いてるこっちまで楽しくなった。いつも怯えていたり困った顔をするばかりのアルミンが私にこんな表情を見せるのは珍しいし、なんだか新鮮で微笑ましい。

「アルミン楽しそう」
「あ、つい夢中になっちゃって…ごめん」

恥ずかしそうに俯いたアルミンを見て思わず頬が緩む。

「アルミンはそれを見に行きたいんだ?」
「う、うん。見に行けたらいいなって思ってるけど…」
「見れるといいね」

その夢が叶えばいいなと思った。
と言っても簡単に叶うようなことじゃないのはわかってるけど。
ぽかんと口を開けて私をじっと見ているアルミンに気が付いて首を傾げる。

「どしたの?」
「今日はモニカが優しいから変な感じがする…」
「失礼な。私はいつでも優しいでしょ」

にやりと笑いながら片っぽの頬をつねるとやっぱり優しくない!なんて涙目になりながら訴えていた。
手を離したらつねられたところを手で抑えてじとりと私を睨んでくる。そんな顔でさえ可愛いなぁなんてにこにこしながら思ってしまうのはアルミンのせいか、それとも私が変なのか。

「うーん、それにしても外の世界かぁ。きっと珍しいものがたくさんあるんだろうね」
「モニカのお父さんは調査兵団なんだよね?壁の外の話は聞かないの?」
「んー…巨人がたくさんいるってくらいで他の話はあんまり聞いたことないなぁ」
「そっか…」

アルミンは少しがっかりした様子で自分の足元に視線を落とした。
壁の外は人を食べる巨人がいっぱいいて、それをどうにかしない限りは外の世界を探検することなんて出来ない。
海、私も見てみたいなぁ。

「あら、アルミン君と一緒だったの?」

後ろから聞き慣れた声がして振り返ると、買い物とお喋りが終わったらしいお母さんがこちらに歩いて来ているところだった。

「こんにちは」
「こんにちは。アルミン君、モニカと一緒にいてくれたの?モニカったらまた無理矢理引き止めてたんでしょう」
「え、えっと……」
「モニカはアルミン君のこと大好きだから。良かったらこれからも仲良くしてあげてね」
「もーお母さん!」

大好きなんて言ってない…!確かに好きだけどそれは別にそういう好きじゃなくて…となんだか気恥ずかしくなって口を尖らせながら悶々とする。
ちらりとアルミンの方を見たらちょっとだけほっぺたを赤くして俯いていて、そんな私たちを見てお母さんは楽しそうに笑っていた。



戻らない時間





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