毛布にくるまって気持ち良く眠っていたら、何かが頭に当たっている違和感に意識が浮上する。
何が起きたのかと薄く目を開けると、サシャが私の名前を小声で呼びながらべしべしと頭を叩いていた。
辺りは薄暗いしまだ起きる時間でもないはず。なのになんで。
もう一度眠りにつこうとしたらさっきよりも強い力で叩かれた。痛くはないけど煩わしい。

「モニカ、起きて下さい」
「んん〜…なに……」
「今日は早起きするって言ったじゃないですか」

そんなことを言ったような、勢いで言わされたような…。
腕を掴まれて無理矢理体を起こされた。目は開かないしふらふらと上半身が揺れる。
ほら行きますよ、と更に腕を引っ張られてのろのろとベッドから這い出た。






「私寝てたはずなのに…」

目の前には何の変哲もない木製の扉。この扉の向こうでは同期の男子たちがぐっすりと眠っているはず。ちなみに起床時間まではあと三十分ほどある。
何でこんな所にいるんだっけと考えて隣りで見るからにわくわくしているサシャを一瞥する。
そうだ、確か昨日ベルトルトの寝相の話になって、面白そうだから見に行くとかそんな話になったんだっけ。行くとは言ってないけど…。
そしてぼんやりと半分寝ながら腕を引かれてここまで来てしまったらしい。
ようやく覚醒してきた頭で状況を理解したら私たちはとんでもないことをしようとしてるんじゃ、とひやりとした。

「…本当に入るの?」
「ここまで来て何言ってるんですか。さぁ行きますよ!」

把手に手をかけたサシャはそっと扉を開いた。ええい、こうなったらなるべく誰にも見つからないように、ベルトルトの寝相を見たらさっさと退散しようと腹を括った。

「お邪魔しまーす…」

小声で呟きながらサシャに続いて室内に足を踏み入れる。女子寮と作りは変わらないけれど何となく篭っているというか、空気がむさ苦しい。まぁ男子寮なんてこんなもんか。大きないびきも聞こえる。誰だろう。

「お、来たな」

サシャのものではない声がして大げさなくらい体がびくりと揺れた。見ればコニーが既に起きていて、いつものようににやりと笑いながらこそこそしている私たちを出迎えてくれた。

「びっくりしたぁ。おはようコニー」
「おう、おはよう」
「早いね」
「お前らが来るって言ってたからな」
「ありがとうございます!ベルトルトはどこですか?」
「二段目のそこだ」

コニーが指差した方を確認してサシャが梯子を登り始めたので私もそれに続く。あ、なんかちょっとだけ楽しくなってきたかも。
先に二段目に辿り着いたサシャが肩を震わせているからどうかしたのかと思って視線の先を見て理解した。
大きな体を横向きにし、両手を頭の上まで上げ、足は緩やかに曲がっているそのポーズはこう…巨人の模型のうなじを削ぐ時にするような感じで何と言うか芸術的だ。体が反っているからかお腹が少し見えている。

「ぶっくくく…べ、ベルトルト…これ本当に寝てるんですか…?」
「ちょっとサシャ、笑ったら可哀想だよ」
「そう言うモニカも半笑いじゃないですか…!」
「な、すげーだろ。今日の天気は…晴れだな」
「それどうやって決めてるの?」
「ん?うーん…気分だ!」

ですよね。
ということは昨日の占いもまぐれだったってことか。まぁ分かってはいたけどやっぱりアルミンの言う通りベルトルトの寝相を見て楽しんでるだけか。それにしてもすごい寝方だなぁとある意味感心する。

「ベルトルトって普段は大人しいけど寝てる時は何て言うか…自由な感じでちょっと微笑ましいね」
「楽しそうですよね」
「…何でお前らがここにいるんだ…?」

サシャとほわほわ和んでいたら背後からコニーのものではない低い声がして体がびくついた。恐る恐る振り返ると、今起きたばかりですと言わんばかりのライナーが頭をがしがしやりながら体を起こし怪訝な顔をして私たちを見ていたので慌てて言い訳を考える。

「ら、ライナー!おはよう!良い朝だね!」
「ああ…いやそれより何でお前らがここに」
「ベルトルトの寝相を見に来ました」

悪びれた様子もなく、ごまかすでもなく、何故か得意げに言ったサシャに体の力が抜けたけどまぁ下手に言い訳して嘘をつくよりいいか…と思う。
ライナーは面食らった表情で私とサシャを交互に見た。

「な…そのためだけに男子寮に忍び込んだのか?」
「えぇ、まぁ」
「お前らな、バレたらどうなると思ってるんだ…」
「バレなきゃいいんです!」
「固いこと言うなよライナー。この芸術的な寝相は見とかなきゃ損だろ?」
「…面白がられてるぞベルトルト…」

ライナーが呆れながらベルトルトを見下ろすけど、当のベルトルトはまったく起きる気配がないまま妙な格好でぐうぐう眠り続けている。

「ベルトルトって昔から寝相すごいの?」
「いや…昔はここまでひどくはなかったと思うんだが…。兵士になってからだな、確か」

それならやっぱり厳しい訓練生活がストレスになってるのかな。余計なお世話かもしれないけど今度の休みの日、ベルトルトを誘って町にでも行ってみようか、もちろんみんなも誘って。気晴らしになるかもしれない。

「そろそろ皆起き出してくるぞ」
「そうだね。帰ろうかサシャ」
「はい」

見つかったのがライナーで良かった。他の人にバレたらただ事では済まなかったかもしれない、と思うとサシャに連れてこられたとは言え随分軽率なことをしてしまったと少し反省する。
さっさと女子寮に戻ろうと梯子を降りて振り返ると、目の前に訝しげな表情で私を見ている人物がいて思わず大きな声を上げてしまった。

「わぁっ!?」
「何してるの…?」
「び、びっくりさせないでよ…!」
「それはこっちの台詞だよ。何でモニカがここにいるんだ…」

呆れと驚きが混ざったような複雑な顔をしたアルミンが眉を寄せて立っていた。そりゃ女子が早朝の男子寮にいたら不審がるに決まってる。
私の後に梯子を降りたサシャも隣りに並んだ。

「私もいますよ!」
「いや…うん、それはいいんだけど…本当に何して…」
「ベルトルトの寝相を見に来たんだと」

二段目から顔を覗かせたライナーが声を抑えて上からアルミンに説明した。

「まったく教官にバレたらどうなると思ってるんだ…。アルミンも何か言ってやってくれ」
「もしかして昨日のコニーの話を聞いて…?」
「えっと、うん。まぁそんな感じ」
「この前罰を受けたばかりなのに懲りないな君たちは…」
「ふふふ…人はどうあがいても好奇心には逆らえないんですよアルミン」
「すげー!サシャが頭良さそうなこと言ってるぞ」

呑気な二人のやりとりにはぁ、と溜め息をついたアルミンは心底呆れましたと言わんばかりの顔をしていて、上にいるライナーは片手を額にやりながらやれやれと首を振った。
普段なら私もそちら側…トラブルメーカーのサシャとコニーに呆れる側のはずなんだけど、今日ばかりは自分が当事者なこともあって曖昧な反応しか出来ない。
それにしてもやっぱり誰にも見つからず忍び込んでベルトルトの寝顔を見たら帰るなんて不可能だったか。三人もばれちゃった。

「アルミンは早起きだね。起こしちゃった?」
「え、あぁ、話し声が聞こえたから何かと思えば君たちがいるから。まだ自分が寝ぼけてるのかと思ったよ」
「残念ながら夢じゃなかったんです!」
「…夢の方が良かったよ」
「あーあ、せっかく男子寮に忍び込むならアルミンの寝顔見たかったな〜」

昔は何度か見たことがあるけど、今の寝顔も可愛いんだろうなぁなんて呟いたらアルミンは早く起きて来て良かった…とほっと胸を撫で下ろしていた。
いつか絶対見る、と心に決めたのは言うまでもない。



潜入作戦





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