訓練でかいた汗や浴びた泥をお風呂で落としてさっぱりした後、火照った体を冷やそうと賑やかな女子寮から出たら、手すりに頬杖をついてぼんやりしているアニがいた。
入浴後だからか、いつもはきっちり結ばれている髪を下ろしていて少し雰囲気が違う。
アニはあまり他人に興味を示さないし関わろうとしない。一匹狼タイプで口数も多い方ではないし素っ気ない印象を受けるけど、話し掛ければちゃんと答えてくれるし冷たい人ってわけではないことをここ最近で知った。

「アニ!何してるの?」
「別に。涼んでるだけ」

声を掛けられて私の方をちらりと横目で見たアニはすぐにまた視線を元に戻した。
近寄って隣りに並んでみたけど逃げられたり拒絶されたりはしなかったので少しホッとする。

「じゃあ私と一緒だね」
「そう」
「今日も疲れたねー」
「あんなんでへばってるようじゃ先が思いやられるよ」
「はい…頑張ります……」

厳しいお言葉を頂いてしまったので素直に受け取った。
アニは座学の成績も良いし立体機動も上手いし優秀だ。このまま行けば上位十名入りも間違いないんじゃないかなと思う。

「アニはさ、その細くて小さい体のどこにそんな力があるの?」
「…私より小さい奴に言われたくないね」
「えー?同じくらいでしょ?」
「あんたの方が小さい」
「そんなことない」
「小さい」
「小さくない!」
「……」
「……」
「あーー!アニとモニカ!珍しい組み合わせ!二人で何してるの!?」

お互い一歩も譲らずだんだん険悪な雰囲気になってきたところで後ろから賑やかな声がして、振り返るとミーナが物珍しそうに目を丸くして私たちを見ていた。
やれやれと溜め息を吐いたアニは私から視線を外し、くるりと体の向きを変えて怠そうに手すりに寄りかかった。

「別に何もしてないよ」
「うーん、強いて言うなら不毛な争い?」
「そう思うんなら負けを認めな」
「やだ!」
「なに?喧嘩してたの?」
「どっちの方が背が高いと思う?」

少し心配そうに私たちを見つめていたミーナはなんだそんなことか…と一瞬呆れた顔をしたけれど、じゃあアニちゃんと立って、と彼女をせっついた。
アニはまだ少し濡れている髪に片手をやりながら素直に手すりから体を離した。面倒くさそうではあったけど。

「うーん……」
「どう?」
「…かろうじてアニ、かな」
「えー!?」
「ほらね」

真剣な表情で私たちを見比べていたミーナの口から放たれたのは残酷な現実だった。
アニはほら言った通りだ、とでも言わんばかりの勝ち誇った顔で私を見た。ぐぬぬ。悔しい。

「モニカは朝ちゃんと食べないから背が伸びないんだよ?」
「うっ…だって朝は食欲ないんだもん…」
「そんなこと言ってるようじゃこの差は到底埋まらないね」
「微々たる差でしょ?」
「一年後にはもっと差が出てるよ」
「まぁ私からしてみたら二人ともまさにどんぐりの背比べって感じだけどね〜」

私とアニより背の高いミーナにそう言われてしまっては何も言葉が返せなくて、二人揃って言葉を詰まらせた。
そもそも何でこんな無意味な争いをするはめになったんだっけ?

「私はただアニに立体機動が上手くなる秘訣を聞こうと思っただけなのになー」
「確かにアニはミカサにも負けないくらい上手いもんね」
「…何で上手くなりたいの?」
「何でって…。成績で一番大事なのは立体機動だし、装置の扱いが上手い方が巨人に食べられる確率も減りそうだし、上手いに越したことはないでしょ?」
「あんた憲兵団に入りたいのか調査兵団に入りたいのかどっちなの」
「え?」
「言ってること矛盾してるよ」

…確かに。
成績が良ければ憲兵団に入れる。
調査兵団に入れば唯一巨人と戦うことになる。
無意識に言った自分の言葉に戸惑って、よく分からなくなった。私は一体どうしたいんだろう。

「前から思ってたけどモニカ。あんた、全部諦めたみたいな顔してる。どうでもいいって顔。結局はどこでもいいって思ってるんじゃないの。まぁ私が口を出すようなことじゃないんだろうけど」

胸がひやりとした。
走った後でもないのに自分の心臓がどくどく鳴る音が耳に直接聞こえてくるみたいで耳障りだ。
将来どの兵団に入るのか、自分が目指す所は何なのか、自分のことなのに心の底では正直どうだっていいって思ってるのは否定出来ない。
自分が何をしたいのかよく分からない。だって好きでここに来たわけじゃない。諦めるも何も、最初から目的なんてない。
アニを見つめたまま何も言えなくなっていたら、彼女ははぁ、と一つ息を吐いてもう寝るよ、と私の横を通り過ぎて寮に入って行った。
残されたミーナはおろおろしながら私の様子を伺っている。

「……私嫌われてるのかな」
「えっ。うーん、そういうわけではないと思うけど…。アニは分かりにくいけど嫌いだったら仲良くお喋りなんてしないと思うよ」
「そっか」
「そうだよ。さ、私たちも寝よ。モニカ、明日はちゃんと朝ご飯食べるんだよ?」
「はーい」

妙な雰囲気になってしまったけど大して気にした様子もなく、いつも通りの口調で軽く言ったミーナに心の中で感謝した。
明日は頑張って早く起きよう。



どんぐりの背比べ





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