午前中のハードな立体機動の訓練が終わり、昼食を済ませてそろそろ午後の座学に向かおうと廊下を歩いていた時、教官に呼び止められた。
次の座学で使う資料を資料保管室から持ってくるように今日の当番である訓練兵の一人に頼んだのだが、まだ持って来ないのだ。
保管室に行って様子を見に行ってくれないか、と。

面倒な用事を押しつけられてしまった。
午前でもう疲れ切ってしまっていて足を動かすのも怠いというのに、今日の当番は誰だろう。
資料保管室を前に一つ文句でも言っちゃおうかな、と扉を開けると、そこには思いもしなかった人物がいて。

「………アルミン?」

扉を開けて視界に飛び込んで来たのは、狭い部屋の奥の方で本棚に寄り掛かって座り込み、何やら紙の束を読み耽るアルミンの姿だった。

前よりは自然に話せるようになったと思うけど、こういう不意打ちにはまだ慣れない。
ドキドキして少しためらいつつ名前を呼んでみたけど、私には気付いていないようで反応はない。
よっぽど集中しているのだろうか。
少しずつ近付いてもまったく気付かなかったから、彼と同じようにしゃがみ込んでその真剣な顔を横から覗き込んだ。

「アルミン」
「えっ…、あれ、ナマエ?」

驚いて顔を上げようやく私を視界に入れた彼の瞳は、いつもより更に大きく見開かれた。

「ごめん、全然気が付かなかったよ」

慌てたように立ち上がった彼に合わせて私も立ち上がる。

「教官が資料持ってこいって呼んでたよ」
「わざわざごめん。急いで戻らないと」

床に広げた書類をまとめているのを手伝いながら、その慌てた横顔を盗み見る。
文句でも言ってやろうと思っていたけれど、それがアルミンなら話は別だ。私は現金だ。

「よっぽど集中してたんだね。何読んでたの?」
「調査兵団の壁外調査の報告書みたいだ。何でこんな所にあるのかわからないけど」

横から覗き込むと、書類には何やら地図と一緒に巨大樹の森、とかなんとか城、とか書かれているようだった。
壁の外の地形の報告書かな?

壁の外。
見てみたいとは思うけれど、生憎壁の外は巨人がうじゃうじゃいるし外に出る事ができるのは調査兵団のみ。
巨人を殺すか巨人に食べられるかの二つに一つの命懸けで、半端な好奇心では景色を楽しむ余裕なんてないのだろうとは思う。

調査兵以外の人は一生をこの壁の中で過ごす。
当たり前の事なのに、その当たり前がなんだかとても恐ろしい事のように感じた。

「ナマエは壁の外に興味があるの?」

漠然とした不安を感じながら考えていると、控えめにアルミンが話しかけてきた。

「興味がないわけじゃないけど…」

興味を持つ事自体がタブーとされていて、それに逆らう者は異端と呼ばれる。
それに興味を持った所で壁の外を知る事は今は不可能だ。

「この前ナマエが歌ってた歌、壁の外の事を歌ったものだよね」

ずっと気になってたんだ、とアルミンは付け足した。
唐突に歌の話題を出されて少し戸惑う。
少し前に下手くそな歌を聞かれていたこと。
思い出してしまうと途端に恥ずかしくなって下を向いた。

「僕も昔本で読んだ事があるんだ。壁の外はここより何倍も広くて、世界の大半は海っていう塩水で覆われている。他にも炎の水や氷の大地、砂の雪原が広がっているんだって」

アルミンの顔を見ると、少し興奮気味に、どこか得意げで楽しそうに教えてくれた。
見た事のないその景色を想像しているかのようにキラキラとした瞳で。

「僕はいつか外の世界を探検してみたいんだ」

なんて、こんな事話しても笑われるだけだよね、と申し訳なさそうに頭をかきながら笑うアルミンに、小さく首を振った。
外の世界も、それをとても嬉しそうに話す今まで見た事のなかったアルミンの姿にも、ひどく心を惹き付けられた。

「ううん、素敵。アルミンの話を聞いてたら私もすごく見てみたくなっちゃった」

アルミンは少し驚いたように、大きな瞳を更に大きくして私の顔を見つめた。

「こんな話をして笑わないで聞いてくれたのはエレンとミカサ以来だよ」
「そうなの?」
「うん。異端者って言われるばっかりだった。まぁそんな事を言っても、外をどうにかしない限りはただの夢物語なんだけどね」

ハハハ…と力なく笑うアルミンの顔を見て、心がズキリと痛む。
彼が兵士でいるのは、調査兵団に入って、外の世界を知って、聞いて、自分の目で見て、歩くためなのかもしれない。
どんなに難しい事でもそれをただの夢物語で終わらせるなんて、虚しい。

「私も探検してみたいな」

ここよりもずっとずっと広い大地を駆ける姿を想像してみる。
海とか、炎の水とか、全然想像もつかないけど、きっとこの壁の中よりも素晴らしい景色が広がっているんだろう。
一人じゃつまらないから、その喜びを分かち合える人が隣りにいたらいいな。

「できたら…あの…アルミンと一緒に」

……あれ、もしかしたらとんでもない大胆発言をしてしまったのではないだろうか。
恐る恐る顔を上げて様子を伺うと、白い頬を微かに赤く染めてぱちくりしている目と目が合った。

「嬉しいよ。僕もナマエと一緒に探検したい」

思ってもみなかった台詞が飛んできて、次は私の方が目をぱちくりさせる。
じわじわと嬉しい気持ちが身体中に広がって。

「…じゃあ、もし良かったら…約束してくれる?いつか一緒に外の世界を見に行くって」


この世界では約束なんて意味のないものだ。
いつ死ぬかもわからない、兵士なら尚更。
だけどそう言いたくなってしまった。
約束してみたくなってしまった。
叶うかなんてわからない。
でも。

「もちろん。喜んで」

頬は少し赤いまま、ふわりと微笑んだアルミンがあ、と小さく声を上げて自分の小指を立ててこちらに差し出す。

「約束するなら指切りしないとね?」

叶いますように、じゃなくて絶対叶えたい。夢で終わらせたくなんかない。
お互いちょっと照れながら、きゅっと小指を結んだ。


約束のしるし





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