結局、鯰尾には会わず数日が過ぎた。


夜、横になりながら端末をいじくる。

仕事用のものは使ってるけど、あれは2200年代という時代に付いていけない刀剣男士でも仕事のサポートをしやすいようにこんのすけがカスタム購入したやつだから、個人用とはまた違う。ようするにシニア向けみたいなもん。

個人用を持とうとするような刀は機械を使いこなせるレベルだから普通のやつだ。

まだ使いこなせてないので練習してるけど、これでもパソコンがすでに普及していた時代の生まれなのでそこまで苦戦してはいない。

ぽんっと軽い音を立ててメッセージが届いた。

監査部の加州からだ。
中々に遅い時間だけどまだ仕事中なの?と思いながら開く。

内容は鯰尾の本丸の存在を確認できたこと、審神者と癒着してるだろう役人の目星がついたこと、遅ばせながら食事を奢ったことのお礼。

最後に関しては彼らの休みを潰してしまったお詫びのつもりだったので、気にしないでほしい。
でも相方が乙女になったくだりは面白そうだからいつか聞かせて貰いたいな。

私も現状報告を送るとすぐに返信が来た。入力が速い。

……やはり、鯰尾が摘発完了まで今のままなら引き取りは出来ないようだ。鯰尾自身も、身の振り方を悩んでるようだし。

なにか進展があり次第連絡すること、仕事の労いと謝辞を添えたメッセージを送る。

そろそろ寝ようと電気を消して布団に潜った。




…………何かいる。




気配が薄い。短刀か脇差だろう。でもこの感じだと練度は低い。

部屋から数歩離れた場所から動く気配はない。

こつこつこつ、と部屋の天井からほんのわずかに確認用合図の音がした。

私は起き上がって天井に向かって手を振り、電気を付けた。動揺したのか廊下の気配が揺らぐ。

天井にいるのはおそらく今日の夜警当番の小夜だ。

普段はさすがにプライバシーを考慮して部屋の上までは来ないけど、私が廊下の存在に気付いてるか確認に来たんだろう。

そんでもってこの本丸で天井に入らず、私がここまではっきり気配を探れる練度の刀剣男士なんて、今この本丸には一振りしかいない。



「入って来ていいぜ、鯰尾藤四郎」

 

私の部屋にはよく鶯丸が入り浸るので、わりと殺風景な部屋なのに電気ポットと茶飲みセットは完備されている。
茶葉に至っては下手すると厨や彼自身の部屋よりも充実してる。

多分何も知らない人が見たらこの部屋の主は鶯丸かな?と思うだろう。残念、鶴丸国永だ。

そんなわけで妙に茶に関して上手く詳しくなってしまった。

備え置きの中からお高めの玉露を選び、ポットの湯を急須から湯飲みに移して適温に調節してから急須に戻す。
静かに待って、最後の一滴まで大切に注いだ。

リラックス作用の高い茶と煎れ方だ。

私と、それから一挙一動を目で追っていた鯰尾の前に湯飲みを置いてコクリと一口。うん、上手くできた。

鯰尾も習うように飲み、ほっと息を吐く。


「あの、」

急かす必要は無いとゆっくり茶を飲み、続く沈黙に若干眠くなって来た頃小さく溢れた鯰尾の声にうん?と穏やかな口調で返した。

「骨喰から、俺の本丸のこと貴方がなんとかしてくれたって聞いて」

「申し訳ないが俺は監査部に掛け合っただけだ。信用できる存在ではあるが、まだ解決出来たわけではないし、もう少し時間がかかると思う」

「それでも、ほとんど諦めてたから、ありがとう、ございます」

こうして彼と向き合うのは初めてだが、やはり見かける他所の本丸の鯰尾藤四郎より小さい。身長の話ではなく、受ける印象が。無理もないけど。

「君の本丸の仲間が心配かい?」

「……分からない」

「答えたくなかったら答えなくていい。俺が怖いか?鶯丸は怖いか?」

「……貴方達が怖いんじゃない。俺が悪い」

根が深いなぁ。さてどこまで踏み込むべきか。踏み込ませてくれるか。

「君は君の主をどう思う」

「死ねばいい!!」

うわッ驚いた。けど深夜なのでお静かに……と落ち着かせる。触れると怖がらせそうなので呼吸を穏やかに、鯰尾にも伝わるように。

審神者は恨んでるか……そうだろうな。

「君の、本丸の刀剣男士は?」

この質問に鯰尾は沈黙で返した。黙秘というより、なんと答えたらいいか分からないという感じだ。

「兄弟達のことは好きか?」

これにも沈黙。予想外だ。
前田からはなんと私の言葉通り「みんなでお茶会」を開いたそうで、鯰尾も巻き込んだと聞いた。
ちなみに私がみんなと言ったのは薬研も混ぜて、という意味だった。

言葉足らずな私が悪かったけど、上手くいったと嬉しそうだったので結果オーライと思ってたのだけど。

もしや、と思って顔色を伺いながらもう一つ問う。

「一期一振は、」

そこまで言って鯰尾の顔が露骨に強張った。
一期かー……たしかに兄弟だわな。

茶を飲むように促して少し質問内容を遠ざける。

「君は本丸が摘発されたらどうしたい?今確実な答えを出さなくてもいい。ただ、なにか思うことがあるなら吐き出してみな」

これでも本丸随一の相談役だ。ブラック本丸の刀剣男士は初めてだが、訳あり事情抱えた人間には慣れている。
なぜって……そうでもなけりゃ人間時代に血の繋がらない弟妹なんてたくさんいるわけあるまい。

それが刀剣男士に通じるかは別問題として。

「本丸の総意ではないが、主は君を受け入れたいそうだ。これは聞いてるか?」

鯰尾は頷く。

「君は刀解されたいか?」

瞳が揺れ、やがて喉が震えた。

「分かんないですよ……!」

ホロリと涙が溢れた。
私はなんで夜に相手を泣かせてしまうんだ。
しかも小夜がそばにいる時に。因果を感じる……。

「もう主なんていらない、戦いたくない、いっそ折れてもいいと思ってたのに助けられて、本丸のことまでどうにかして貰えて……。今日、ここの審神者さんと話したんです。この本丸の刀剣男士になって欲しいって言われて」

「嫌だったか?」

「ッ嬉しかった……!審神者なんてって思ってたのに、誰かに必要とされる事が嬉しかった。でもそんなの嫌なんですよ!」

「なぜ?」

「だって俺は苦しむべきだ!」

はあ?と出そうになった声を飲み込み、鯰尾に伸ばしかけた手も引っ込める。もう一度聞いた。

「なぜ?」

「だって、平野も厚も鶯丸も鶴丸国永も、みんな俺が主に渡した」

「なぜ?」

それしか言わない私に鯰尾の動揺が伝わる。

「じゃないと、兄弟が折られる」

故意による刀剣破壊の人質かクソが!!
湧き上がる殺意を奥歯で噛み殺してそっと端末の電源を入れた。片手フリックで加州にメッセージを打つ。

すぐに返信が届いた。何かあったの?という言葉付きだが、今はスルーさせてもらおう。
ひしひしと嫌な予感がするんだ。

「あのデータを集めたのは誰?」

「俺が勝手にやった」

「もしかして君、本丸に味方は」

「……いない」

嗚呼……この世は地獄だ。
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