「ぶらっくほんまる……?」
隣の蜻蛉切が呟いて首を傾げたのに気付いて補足してやる。普段からネットしたり政府からのお知らせ読んだりしてないと知る機会ないからなぁ。
この蜻蛉切はわりと機械音痴である。
「内訳はまあたくさんあるんだが、要約すると刀剣男士に対し虐待ととれる行いをする審神者、そしてその本丸のことだ」
少数ながら逆もあるらしいけど、今はややこしいくなるから教えなくていいだろう。
ロクなもんじゃないってことが分かればとりあえずいい。
「それで、その鯰尾がなぜブラック産だと?彼はまだ眠っていて話を聞ける状態ではないだろうに。そもそもこちらで保護して良かったのかい?」
内番や遠征に組み込まれていた刀剣以外はすでにあらかた知っていたのだろう。他に質問が出る気配は無かったので遠慮なく発言する。
こんのすけの耳がへたりと垂れた。
「保護については全面的に審神者様の判断に任されております」
「ブラックと判断したのは……普通の精神状態じゃないと思われる事、おそらく単騎出陣で阿津賀志山にいたことと、阿津賀志山に出陣できるレベルに達していないこと、それからなにより彼の所持品に、私は見てないんですが」
「出陣記録、折れた刀の記録などブラックと判断するに十分なデータの入った記録媒体があった」
主の言葉を山姥切が繋ぐ。
そんな決定的なものがあるなら確定だわ。主に見せなかったのは何か細工がしてある可能性を疑ったからか、見せられないと判断したデータが入っていたから。
「でもよォ」
立て膝をついた和泉守が不服そうに物申す。
「そんな爆弾抱えた刀をうちに置いとく必要はあんのか?むしろ証拠があんならさっさと政府に任せようぜ」
「たしかに本丸、そして主のことを考えればすみやかに政府にでも引き渡すべきだと思うよ」
「わざわざ厄を抱え込むことはない。政府に言えないのなら破壊も視野にいれるべきだ」
「……鯰兄に明確な敵意があった以上、眠っているうちにどうにかした方がいいと、俺っちも思う」
「薬研!?」
和泉守を皮切りに議論は加速する。
すみやかに引き渡す、もしくは刀解派
本丸で保護する派
心情的には後者だが、本丸のために前者を主張するという刀が多い。正しい選択だ。なんといっても初期刀、初鍛刀がついている。
対して主は保護したいようだが、後者は圧倒的に少数だ。
「なぜ政府に連絡していない?」
「したくありません。ブラック案件を揉み消された前例があるんです」
「申し訳ありません。政府も一枚岩とは行かないのです。その可能性もある、とだけ……もちろん必ずというわけではありません!正しく摘発されたものは多いです。
ですが、この本丸の担当は評判の悪い上役に目をつけられていますから、そういう者の目に入る確率は高いかと」
若く優秀で正しく神さまリスペクトなうちの担当は、上でふんぞりかえり私腹を肥やす連中にしてみればまさに目の上のたんこぶ。
幸いなのは担当はそれに屈することなく、むしろのし上がって叩き落としてやるとシャドーボクシングするような性格であることか。
主と足して二で割ってほしい。
「花形殿に相談は……あぁ、嫌なんだな」
例の会議騒動から主は花形殿との交流を絶ってしまった。疑われた悲しみが時間によって腐敗し、嫌悪に変わりかけている。
石切丸から私経由で謝罪はあったけれど、関係が拗れてしまったのは確かだ。
なら政府には保護するにしてもしないにしてもやはり報告するしかないと思う。
非所属の刀剣に気付かれて報告していないと誘拐扱いになってしまいかねないし。
そう進言してみるも、政府に対する不信感は拭えないらしい。
まあ実際、スパイが入り込んでるのを目撃してるのもあるしなぁ。
「俺は」
ずっと黙っていた骨喰が絞るような声を出すと、広間はシンと静まり返った。
「俺は、兄弟を見捨てたくない。見捨てられない。引き渡した方が良いことは分かっている。
でも、兄弟は泣いていたんだ。どうしてあんな場所に一振りでいたのか……俺で力になれるなら、なりたい。……すまない、俺のわがままだ」
沈黙が満ちる。
骨喰は声が大きくなければ主の側に侍ることもなく、個性と個性が殴り合ってるような刀剣男士の中では自己主張に乏しい刀だ。
作戦は立てるがそれを言い渡すのは主、という形を取っているせいで新人は彼が軍師系刀剣だと教えられて初めて知ることも多い。
いつも感情より理屈で動いてきた。
そんな彼が頭で分かっていながら感情を優先させたいと。
嗚呼、叶えてやりたいなぁ___。
古参仲間であり助けてくれることの多い彼のはじめてのわがままに、私がそう思うのも無理なきことだったのだ。