ー 太刀 鶯丸 ー
_____鶯丸は知っている。
鶯丸だけは最初から気付いていた。
この本丸の精神的支柱は鶴丸国永であると。
聞けば運営の基礎を整えたのも鶴丸だという。そんなこともあって誰も彼もを彼を頼り、彼もまた寄り掛かられて倒れてしまうほど弱くなかった。
平安刀、最高戦力、初期顕現。
縁刀も多く、人当たりも良く明るい性格、ふらりと万屋に出かけては知識を蓄えてくる勤勉さ。
弱点といえば刀装作りがド下手なくらいで、それもまた彼の親しみやすさに変わる。
皆が頼るのもよく分かる。
しかしそれでは、彼は誰に頼ればいいのだろう?
だから鶯丸は決めたのだ。
顕現順は変えられない、練度は追いつかない。
けれど一つだけ最初からある特権。
年上の特権。
鶴丸の言う通り、100年あるかどうかすら不明な差だけれど、細かいことは気にするな。
千代田の堀の中で長いこと共にいたんだ。
今更遠慮する仲でもあるまい。年上として存分に甘やかしてやろう。
そうして教育係として共にある時間が長かったのを利用していろいろ振り回してみた結果、今では本丸で一番仲の良い刀になった。
残念ながら戦場での相棒枠はにっかり青江が頑なとして譲らないので奪えやしないが、鶯丸はどこまでも鶯丸なのでそこは気にしていない。
よく茶を共にし、碁を打ったり、大包平が来たらさあ何してやろうと語らう。
たまに伊達や鶴丸が教育した刀剣、初期顕現の面子から熱い視線を貰ったが……少なくともお前たちが自らの無意識下の甘えに気付かん内はこの位置を譲るつもりはない。
そして起こった今回の鶴丸破壊未遂事件。
やっと自覚し、鶴丸が一人でピリピリと検非違使への殺意を募らせる中、下手に刺激せず山姥切が鶯丸を頼ったのは及第点だった。
茶を入れたのは燭台切だ。
鶴丸は鶯丸の入れた茶など飲み慣れているから、普段ならこれが鶯丸の入れたものではないことくらい分かるはず。
そもそも茶菓子が二人分であることに最初から気付かなかった時点で大分追い込まれていた。
なに、それを解きほぐすことなど常日頃からやっている事だ。
いつものように、伝えたいことを思うがままに語ればいい。
鶴丸はきちんと言葉を受け止めてくれるいい子だ。
普段は落ち着きと智略ある平安刀然としている鶴丸が、ただの甘え下手な年下の刀になる瞬間が、鶯丸は一等気に入っているのだ。
さあ大切なのはこれからだぞ、主よ。
頼り頼られる理想の関係を築き上げ、殻付きの雛鳥が殻を捨てる時期だ。
まあそうなれたとしても、いまさら鶴丸の友人という立ち位置を誰ぞに譲れる気はしないのだが。
鶯丸。
マイペース極まるその刀は穏やかな笑みの下、たしかに持つ老獪な平安刀の気質を隠して今日も和やかに茶をすする。