いつの間にか眠っていたらしく、目が覚めた頃に薬研が診察に来てから、主を筆頭に本丸中の刀剣が次々と顔を見せに来た。
皆一様に無事を喜んでくれて、泣かれたり怒られてたり抱きつかれたり、普段素直じゃない面子までどこかホッとしたような顔をするものだから居た堪れない。
本丸の担当官まで押しかけて来て号泣された。
見舞品の花束は歌仙が綺麗な花瓶に飾った。
鈍った体を動かそうと鍛錬場に向かえば道中で堀川に「念のため今日一日は安静に」と見咎められ、
ならば内番の手伝いでも…と思えば今日は主の就任1周年記念を祝して最低限の内番以外は停止、つまり手伝うほど仕事はないと断られ
料理ならどうだ!と厨に顔を出せば伊達の二振りにずんだ餅と共に放り出された。
大人しく食ってろってか。
仕方なしに自室に戻って個人的にまとめている戦場マップを広げてみる。
あの時の条件で勝つ方法はあっただろうか…と模索していると気配を感じた。
よく知る刀の気配だ。
そういえば遠目に見ただけで目覚めてから言葉を交わして無かったな。
静かな足音が部屋の前で止まり、ひょこっと顔を覗かせ、私が起きているのを確認するといつものように穏やかに微笑んだ。
「おはよう、鶴丸」
「ああ、おはよう鶯丸」
彼の手元で二つの湯飲みから湯気が昇っていた。
誘われるがまま縁側に座りずんだを茶菓子に茶を啜る。
やがて鶯丸が語り出したのは、私が一人戦場に残ってからのことだった。
「酷いものだったぞ、とくに大倶利伽羅はな。短刀たちを置いてろくすっぽ手入れもしないで戦場にとんぼ返りしようとしてな、総出で止めたものだ。あんな彼を見たのは初めてだった」
どうしても戻ると言って聞かなかった。
部隊長が帰還した時点で主が戦況を把握する術はない。
未知の相手に対策を練る暇もない。その間の一分一秒で私が折れているかもしれないのだ。
結果、大倶利伽羅を手伝い札で手入れした後、山姥切を隊長に大倶利伽羅、青江、骨喰、加州。
生存値の関係から短刀を除き、本丸随一の高練度部隊で組み直して出陣した。
そうして駆けつけた部隊が見たのは本体を取り落として斬り付けられる私の姿。
私の意識が無くなる頃、その背中に手が届きそうな距離まで来ていたのか。気付かなかった。
「主と共にもにたーで見ていたがなぁ…あれは俺も肝が冷えた」
淡々とした鶯丸の声が罪悪感を煽った。
私が倒れた後の彼らは鬼のように強かったそうだ。
強いというか、恐ろしいというかブチギレているというか。
比喩でなく鬼の形相で検非違使を屠り、もともと数で勝っていたからか中傷で済んだ彼らは私を背負って全速力で本丸に帰還。
夢現で聞こえていた折れるなという声は彼らのものだった。
庭先で、短刀たちが戯れて遊んでいる。
「あんな和やかな光景も、今日やっと出来る様になったことだ」
「うっあのな、反省はしてる。君は俺の罪悪感を上塗りするために来たのかい」
「まさか。ああするしかなかったというのは誰もが解っている。まあだからこそやり切れない奴はいるだろうが」
大倶利伽羅のことか…。
「むしろ反省するのは俺たちの方だな」
思いがけない言葉にパチクリと瞬いて首を捻った。
「この三日間でいかに鶴丸がこの本丸にとって重要な存在だったのか身に染みた。活気は薄れ、ちょっとした諍いが起こるようになった。気づかれぬ内に潤滑油のような役割をしてくれていたのだと、皆がようやく気付いたのさ」
「いやそれ俺関係ないだろ。目覚めぬ仲間がいるなら活気も薄れるし、新たな敵が現れたなら神経も尖る」
買いかぶりが過ぎるぞ。
「それだけのことを背負わせていたんだなぁ」
聞いてないな?
「だがなぁ鶴丸……悔しいのは分かるが焦ってはくれるなよ」
チラリと背後の部屋を振り返った。私の部屋だ。机上には先ほどまで見ていた資料たちが散乱していた。
あれ、あんなに広げたっけ?と自分の無意識の行動に驚いて、ようやく鶯丸の言う焦りに気付いた。
未知の敵、自分の知識とのすり合わせと対処法。もし次に会敵するのが練度差のある部隊だったり、短刀の部隊だったりした場合、今度こそ誰か折れるかもしれない。
私は焦ってたのか。リベンジに燃えていると勘違いしていたけれど、怖かったのかもしれない。
自分が折れるのも、仲間が折られるのも。
一度その瀬戸際までいったからこそ、二度目があってたまるかと。
「こんのすけに検非違使について聞いたそうだな。それからだろう、無意識だろうがずっとピリピリしていた」
「……それは、すまん」
「ふふっもう平気そうだな」
手を伸ばし、くしゃりと頭を撫でてくる。甘やかされあやされている気分で情けないやら照れ臭いやら。
「年上ぶるなよ……」
「年上だからな」
「ちょっとじゃねーか」
思えば貰ったずんだ餅は最初から二人分だった。
「俺を派遣したのは山姥切だ。落ち着いたところで、潔く怒られてこい」
「え」
「他に選択肢がなかったとは理解しているが、それはそれこれはこれ。なあ山姥切?」
「えッ」
背後で仁王立ちの初期刀がこちらを見下ろしていた。
ヒェ……