06

古い書物と濁った空気の中で、二本の尾がゆらゆら揺れる。 その度に埃が舞い落ちて降りかかるが、それには気付かない。
捲った書物の黄ばんだ紙面には黒いミミズがうねったような文字ばかりが泳いでいて、到底解読不可能な内容にあかりは小さな頭を抱えた。

「ああ、何処にもおらんと思うたら」

「こんな所で何しとるん?」と首を傾げた秀元を振り返れば頭に積もった埃が落ちて鼻をくすぐる。
くしゃみをしたあかりに笑って狩衣の袖で埃を払ってやると、いつもならふにゃりと破顔する彼女が今日は泣きそうな顔で見上げて来た。

「あの、あのね、いきぎもしんこーの妖にようが襲われたの」
「よう?」

首を傾げてから「珱姫か」とそれを警護している兄の顔も合わせて思い出す。 そしてその兄の話では、この愛しい子狐がかの姫に偉く懐いているのだということも。
ちらりと広げられている書物に目をやれば、成る程、確かに封印やら術式やら妖怪を退治するための知識の結晶が書き連ねてある。
読み書きは是光が多少教えているとしても、このうねった独特の文字は読めなかっただろうことは察せられた。
姫の為に自分も何かしたかったのか。 その心意気は素晴らしいが、例え読めたとしても……、

「あかりは、陰陽師やないよ?」

陰陽術は使えない。

「……知ってるもん」

ぷっくり頬を膨らませる。
その頬を両側から包み込むようにして押せば空気の漏れる音がした。

_______「陰陽師やないよ」
________「あかりは、妖怪や」
言えなかった後の言葉。
それを言ってしまえば、何かが壊れるような気がして怖かった。

いつも何処となく楽しそうに笑っている秀元の表情からそんな恐怖を読み取ったのか、あかりは両頬を包む手をさらに上から包んだ。
紅葉のような手では全てを包めないけれど、懸命に当てがって見上げる。
心配そうに揺れる琥珀の瞳にふっと笑みを溢すと、一つの提案が頭に浮かんだ。

「そうや。あかりにも姫さんの力になれること、あるで」
「本当?」
「本当本当。是光兄さんから頼まれてたもんなんやけどなあ」

あかりは難しい秀元の話に一生懸命耳を傾けた。

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