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雨が降っている。
叩きつけるような豪雨だ。
しかし本丸の室内にこんのすけの姿はない。
ゴンっ
ゴンっ
ゴンっ
雨音に混じって鈍い打撃音が響いていた。
いくつの四季を見送っただろう。
色とりどりの弁当を広げてお花見した桜の散る様を、何度見ただろう。
学校で習ったのだと、主が得意げに語った大三角の浮かぶ星空を何度見上げただろう。
笑って収穫していた山の実りが、ぼとりと無惨に落ちているのを何度見つけただろう。
汗を流しながら総出で掻いていた雪は積もり放題で、何度その下の大切な墓を見失っただろう。
一つ過ぎて、二つ過ぎ、三つ四つ過ぎれば一巡して、また一つ。
本丸に詰まった愛おしい記憶は、そのカケラを丁寧に拾い集めるたび、こんのすけの心に細かな傷をつけた。
愛しい。
愛しくて愛しくて、とてもかなしいのだ。
ゴンっ
ゴンっ
ゴンっ
雨足が弱ってきて、低い殴打音がより鮮明に鳴る。
ゴンッ
もう何度目か分からない岩への突進に、ピキッと額から異音が鳴った気がした。
雨に打たれて濡れ鼠になったこんのすけは急いで池の揺れる水面を覗き込んで、しかしその額に何の変哲もないのをみとめると落胆の表情を浮かべた。
そして、ふと我に帰ったように震えた声を絞り出す。
「お許し下さい。お許し下さい主さま、皆さま。こんのすけは、これ以上は、もう……」
度重なる政府の訪問、過ぎ去る四季と褪せていく本丸の記憶に、独りではもう耐えられそうにないのです。
ぽたりと毛先から落ちた雫は、はたして本当に雨だったのか。