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枯れ枝に烏のとまりけり秋の暮れ。
「マジありえねーんスけど!」
政府施設内のとある部署で、白いワイシャツをぺっとり肌に貼り付けた青年がスーツの上着をデスクの椅子に叩きつけた。
ギョッとする周りも彼が担当している案件の一つを思い出し、肩をすくめて自分の仕事に戻る。
ぐびぐびペットボトルを垂直にして飲み干す青年の肩を、同じ場所から帰ってきた上司が叩いた。
「負け続きだな」
「いやホントありえねーんですけど。俺中高バスケ部っスよ?全国行くくらいの強豪だったってのに。つーか大勢で山狩り作戦でも捕まんないってふざけてやがる」
彼らは政府内のみならず審神者たちから伝説と呼ばれた本丸の処理を担当している。
そしてそれはゼロから一向に進んでいない。
「あの審神者の残した本丸だ。一筋縄ではいかないと思っていたが……」
まさかここまで手こずるとはな……。
ボヤいた上司の隣。デスクで仕事をしていた新人女性が遠慮がちに質問した。
「なにがそんなに厄介なんです?審神者さんのお墓を移して本丸を綺麗にするだけですよね?」
「ああ、知らないのか。そうだな、表向きの業務内容はそうだ」
「表向き?」
上司はおもむろに胸ポケットからタバコを取り出し火を付けた。
「ここは禁煙ですよ」と他所から非難が飛ぶも無視する。まったく喫煙者の生きにくい世の中になったものである。
「君はこんのすけについてどう思う?」
部屋の隅でモニターに向き合い続けている黒いこんのすけを顎でさした。
「可愛いですよね」
「マジかこいつ」
青年がドン引きし、上司の顔が引き攣る。
まあ好みは人それぞれだしな。気を取り直し審神者にどう思われてるのか知ってるか?と問いかけた。
「あー評判悪いみたいですねぇ。あの能面みたいな顔と機械的な喋りとか」
そこが可愛いんですけどとズレた感性を持つ新人は置いといて、上司は頷いた。
そして語る。
この業務の本命を。
伝説と崇められる審神者の最後の願いを踏み躙るようなことをしてでも、政府があの本丸にこだわる理由を。
あの本丸にいるこんのすけは、数体しか存在しない政府が初めて作ったプロトタイプのこんのすけだ。
感情が無く、機械的に話すことは最新のこんのすけと同じだが、その性能は大きくかけ離れていた。
緊急時の政府への連絡、簡易結界、鍛刀の自動記録etc
運営に必要であろう機能をプロトタイプのこんのすけは持っていなかった。
出来ることといえば政府から下される情報のアップデートや審神者への一方的な伝令を伝えること。
もちろん、そんなこんのすけに大した価値はない。
しかし機能を追加された1世代目のこんのすけの支給を審神者は断った。
「私のこんのすけはこの子だから」
そう言って、感情無き機械と式神の狭間にいるこんのすけを撫でた。
審神者はこんのすけを刀剣男士と同じ温度で愛し、また刀剣男士も仲間と同じ重さで愛した。
やがてそれは偶然の奇跡のように、あるいは種が芽吹く必然のように、ある日こんのすけは自我というものを認識した。
刀剣男士と審神者と信頼関係を結び、愛し、愛されて、最新式のこんのすけですら持ちえない「心」が宿った唯一の例となったのだ。
「審神者はこんのすけを不気味がり遠ざけた。それでは意味がない。今や多くの本丸に配布されているこんのすけには通信機能の他にも万が一に備え、簡易結界や遡行軍の短刀相手に時間稼ぎをできるくらいの機能が備えてある。が、そばに置いていなければ宝の持ち腐れ」
ゆえに政府は欲する。
「必要なのだ。審神者に受け入れられるような自我があり、愛嬌があり、なにより忠誠あるこんのすけが」
「つーわけで、本丸が欲しいのも事実だけどそれ以上に俺らはあのプロトタイプこんのすけを出来れば無傷で速やかに捉え、その心、あるいは魂を解析し他のこんのすけ達にもインストールしたいってわけ」
タンっとエンターキーを押した。
話してる間もきっちり仕事をこなしてるあたり優秀なのだが、喋り方が残念とはよく注意される青年である。
「なるほど、愛嬌あるこんのすけですか…」
「まあ感情があるってのも良し悪しっしょ。ここまで手こずらされたけど、あのキツネもだいぶ草臥れてきてるし。心身ともにな」
「だが毎度山に逃げられては人間の我等では追いつけまい」
「やっぱ刀剣男士派遣してもらうっスか?一発っしょ」
「最終手段だな……」
「あのー」
「なんだ」
不思議そうに挙手する新人が注意を引く。
「なんで審神者さんが存命の頃にやらなかったんですか?」
「こんのすけが拒否した。審神者はそれを受け入れた。そう聞いている。政府はあの審神者の機嫌を損ねたくなかったのさ」
あの本丸は結束が強く、もし無理矢理にでも手を出していれば、審神者だけでなく最強の刀剣男士たちをも敵に回していただろう。
つまり、言い方は悪いが審神者も刀剣男士もいなくなった今こそ絶好の機会なのだ。
すでに歴史修正主義者との戦局はイタチごっこで停滞している。
戦争は長引くだろう。長期的に見れば、こんのすけのアップグレードはかなり利になるものだった。
「こんのすけを説得することは?」
「したさ。だがこんのすけは回収を拒否。一度拒否した以上は望めないだろう。無理矢理しかない。来なければ本丸を墓もまとめて空間ごと消滅させると脅したこともあるが、おそらくあのこんのすけは自分がどれだけ政府にとって価値があるかを理解している。自分が捕まらなければ政府は本丸を処理することもできないと分かっているんだ」
「毎度毎度山駆け回ってる俺を労ってくれてもいいンスけど」
「毎回山ですか?」
「本丸内部に部外者を入れたくないんだろう」
新人はふーんと呟くと首を傾げて青年を見た。
「なら、別に追いかけなくても本丸に踏み入ってしまえばこんのすけは出てこざるを得ないのでは?」
「「……………」」
上司と青年の間に沈黙が落ち、やがて新人の肩に手を置くと呟いた。
「お前、さては天才か??」
「むしろなんで気付かなかったんですか素直かよ」
「タメ口!いやけどお前、可愛い顔して案外えげつねぇな」
「え……先輩に可愛いとか褒められてもちょっと」
「ちょっとってなに!?」
あとは、墓を荒らすって手段もありますけど。
ケロッとした顔で付け加えられた非人道的作戦は聞かなかったことにした。
そこまで良心捨ててない。