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初夏。
淡い桃色に彩られていた桜の木は瑞々しい新緑を身に纏い、審神者達の墓に影を落とす。
こんのすけは変わらずここにいた。
住むもののいない家は朽ちるのが早い。
こんのすけは本丸の清掃に取り掛かる。
個人の部屋はすでに当人達によって片付けられているとはいえ、部屋主を無くしたにも関わらず残る香りが鼻を刺激するたびに泣きそうになるけれど。
ヴゥン
獣の足でつたなく廊下を拭き掃除していた時、ゲートの開く音がした。
主が存命の頃はこの音が嬉しかったものだ。
遠征や出陣に行っていた者たちが無事に帰ってきた証拠。
心待ちにしていた音だった。
あの音を聞くたびにどこにいたって全力で駆けて、そして「おかえりなさいませ」と言いに行った。
今となってはあの音は、こんのすけにとって煩わしいだけのものになってしまった。
砂利を踏む音は確実に本丸へ向かってきている。
それはそうでしょうね。
こんのすけは舌打ちしたくなる衝動を抑えて玄関から外へ飛び出した。
すぐそこまで来ているのは見覚えのある黒いスーツの二人組。
片や初見だが、もう片方は何度も来ている政府の役人だ。
二人はこんのすけをみとめると足を止め、「何の御用でしょうか」と温度の無い問いに眉を顰めた。
「今日こそ本丸を解体し、こんのすけは政府で回収する」
「させません」
後ろ足を引く。
「墓は他所に移しきちんと丁寧に弔う!」
「何度も言いました。何度でも言いましょう。主さまは“この本丸で"眠りにつくことを望まれました。政府も主さまの今までの功績を受け、それを了承したはず」
「本丸一つ稼働していないだけでどれだけの審神者が迷惑を被るか!ただでさえ最高戦力だった刀剣男士四十二振りがいなくなったというのに」
「主さまのご家族ご友人はまだ現世で生きていらっしゃいます。それでも、徴兵された主さまを支え、共に戦ってきた刀剣男士さまたちと死後も共にあることを望まれたのです。この本丸が無くなる時、それはこの戦争が終わった時です!」
こんのすけは言い捨てると同時に力強く地を蹴った。
「追え!」
後ろで声がするとほぼ同時、ゾワっと毛が逆立つ。反射で横に飛ぶと、大きな手がこんのすけのいた場所の空気を掬い取った。
避けてなければ捕まっていた。
なるほど、デスクワークで体の重くなった役人ばかり相手にしてきたが、ついに足の速い者を連れてきたらしい。
こんのすけは気合を入れ直し、同田貫や新撰組刀たちに「もしもの時のために」と冗談混じりに鍛えられた回避能力と逃げ足を駆使して山へと走った。
本丸を荒らされたくない。
あそこには皆様との思い出がたくさん詰まっているのです。
土足で荒らさせたりなどするものですか!