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「ザー…のようで兄のザー…ザー…な、そんなザー…の背中ザー…好きでした。ザー…ことがザー…あってザー…軍のザー…主としてザー…ザー…」
あれから毎日、何度も何度も暗記できるほど繰り返し聞いた。
改変された歴史の波に呑まれないようにと思ったのか、かなり古いテープに録音されたそれは耐久性に乏しく、何度も再生されるうちに擦り切れて今ではほとんどノイズで聞こえないけれど、そのノイズに混じるわずかな主の声を求めて耳を澄ませた。
呼吸のたびに喉からヒューヒュー鳴る空気漏れの音がうるさい。
「ザー…ザザー…ザー…」
やがて完全にノイズしか流さなくなったそれを止めて、獣の足で器用にテープを取り出し咥えて歩いた。
春風がツヤを無くしたこんのすけの体毛を遊ぶ。
雪のように積もった桜の絨毯を踏み締め、冷たい墓石にテープを置くと、寄り添うように倒れ込んだ。
ああ…と言葉が溢れる。
「ああ____主さま、みなさま、こんのすけも今そちらへ参ります。やっと、お会い出来ますね……」
ジジッ
何かのショートする音が脳の奥で鳴り、視界に青い火花が散って、
それを最後にこんのすけの機能は完全に動きを止めた。
審神者が亡くなってから幾年月。
図らずも彼女の命日と同じ、とある桜散る日のことである。
____ザリッと地を踏む革靴は確かめるように一歩一歩進み、穏やかな表情で倒れ伏す小さな骸を見つけると膝をついた。
黒い布に包まれた手をそっと下に差し込んで持ち上げれば、四肢と尻尾は重力に従ってダランと垂れる。
彼は、山姥切は。
あの日、立場と役目ゆえに破壊してあげることのできなかったこんのすけを。
立場と役目を無視してでも、心情的に政府につき出すことのできなかったこんのすけを。
そっとその胸に抱きしめて、何の価値も意味もない、けれどどうしても言わずにはいられなかった言葉を落とした。
「ごめんね」
立ち上がった山姥切は骸を抱えたまま政府へのゲートをくぐり、そして、こんのすけが本丸に戻ることは二度と無かった。