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月明かりの下で、サラサラと光る銀の髪。
瞳は星空を切り抜いたように美しく、長船を連想させる衣服を纏った夜の似合うその打刀の名を知っている。
「山姥切、長義さま」
会ったことはない。話したこともない。
けれど“こんのすけ"にインプットされたデータとして、主が亡くなるまで更新を続けていた政府の情報として、彼を知っていた。
そして今は、捕まえるのなんて容易いだろう憔悴しきったこんのすけを捕まえることなく、落ち着くまで待ち、あくまで説得をしようと言葉を尽くしてくれるその優しさを知った。
だからこそ、こんのすけは本丸にいた仲間の誰でもない刀剣男士に安堵しながら、自分のために今から彼のもっとも繊細な部分を切りつけることを躊躇している。
温かいものが好きだ。
優しいものが好きだ。
主たちがそうだったからこそ、こんのすけは産まれたのだから。
温かいものが好きだ。
優しいものが好きだ。
それ以上に、主たちが好きだった。
主たちに貰ったこの心が大切だった。
軋む手足を動かして庭に降り立ち、主たちの墓に花を供えてくれている山姥切の背に声を投げた。
ごめんなさい、ごめんなさい。
私は今から、私のために優しい貴方の心を踏み荒らします。
心の中で詫びながら、ともすれば八つ当たりしてしまいたくなる心を抑えつけながら、震えそうになる喉に力を入れた。
「山姥切さま」
振り向いてこちらを見下ろす青い瞳から目を逸らさない。
「山姥切さま、お願いします。
ここで朽ちることが叶わぬというのでしたら、どうか、どうか破壊してくださいませ。こんのすけは、この心をどこにも、誰にも渡したくないのです。
私は知っています。
“こんのすけ"という存在が、機械じみたその喋り方が、審神者さま方に不気味に思われていることを。
“こんのすけ"が本丸に駐在しないのも、審神者さまがそれを望んでいるからだということを。
言われずともずっと分かっているのです。
心をインストールすることによって、それが払拭されるのならばたしかに素晴らしいことでしょう。
“こんのすけ"は審神者たちの力となることでしょう。
でも嫌なのです。
心が欲しいというのなら、私から奪うのではなく新しく開発して下さいよ。
過去に行く技術があるというのなら、心だって作ってみせてください。
奪うわけじゃない?
いいえ、同じことです。たとえこのこんのすけから心が消えなくとも、主さまが、刀剣の皆様が、私を愛してくださった証をほかの“こんのすけ"に与えるというのなら、同じことでしょう。
そうでしょう?“山姥切"の長義様!!!
あなたなら分かるのではないのですか。
愛した人がくれた山姥切の名を、写しに奪われているあなたならば!
そこに名乗れる号があったとしても、今、それは寸分の違いなく貴方の元にあると言えますか!言えるのか!」
最後には叫びになった嘆願は夜の本丸によく木霊する。
とても叶えられるものではない願いをそれでも最後まで聞いた山姥切は目を伏せた。
すまない、と。
消え入りそうな悔いの滲む謝罪なんて、求めてなかったのに。