ころり。

皿の上で艶々と青い宝石のように光るブルーベリーがフォークから逃げるように転がった。

「あ」

なぜかそれがあの日、ありったけの力と願いを込めたラピスラズリと重なって、

遠い記憶を呼び覚ます。


突然ぐるりと視界が回るような速度で思い出したその過去にそっと手にしていたフォークを置き、テーブルに両肘を立てて寄りかかって組んだ両手を口元に当てた。

「………うそでしょ」

ゲンドウポーズで自分のあまりのアホさに打ち震える。

皿の上でデニッシュの温かさに溶けるソフトクリームが早よ食えと急かしているけどちょっと待ってて欲しい。

「いや待って、ええ〜?……我ながらなんでこのタイミングで思い出した」


遠い昔。私が密やかにクロハと呼ばれ始めていた頃の事。

弱った一人の妖怪を助けたことがあった。
ほんの数日共に過ごしただけだけれど、それは少なからずその後の私に影響をもたらした数日間であり、今の私を形作った転機であり、今思えば私が初めて翼の下で保護した妖だった。

銀の髪を持ち、海より深く空より澄んで炎より熱く燃ゆる美しい瑠璃色の瞳を持った付喪神。


「『山姥切長義』。……長義くん」


唱えるように呼んでみる。
ああ全く、舌に馴染むはずだ。山姥切国広に違和感を抱くはずだ。

覚えていなくても私にとっての「山姥切」は、最初から「山姥切長義」だった。

一つ思い出すと芋づる式に全てを鮮明に思い出す。

最後の夜に敵を引きつけて駆けていった背も。
翼下の長義くんを傷付けられた怒りも。
この手に握った霊剣の切れ味も。

そして、別れの朝も。



「お客様、どこか具合が悪いですか?」


ふとかけられた声に顔を上げると、オレンジのロゴが入った黒いエプロンのホールスタッフ。

「あっごめんなさい。ちょっと考え事をしてただけで、大丈夫です。ありがとう」

そう言って微笑めばホッとした顔で一礼して下がる女性。わざわざ心配して声をかけてきてくれたらしい。
いいね、ああやって気遣われるのは嫌いじゃない。妖怪だって優しくされるとホワホワするのだ。
若いからバイトだろうにとても親切で感じの良い店員さんだ。よく教育が行き届いている。
ここが海外ならチップでも渡すところだけど、日本にそのような文化は無いので会計の時にでも一言褒めておこう。彼女の評価が上がって、給料アップでもすれば嬉しい。頑張りは報われるべきだよね。

せっかくの熱々デニッシュは冷めて、アイスも半分ほど溶けてしまったシロノワールにフォークを突き刺す。

久しぶりに現世に戻ってきた。

目的は今目の前にあるシロノワールを食べるため。そして味を分析し、店で再現するため。
山姥切長義との約束を果たし、期待に応えなくてはと本場の味を確かめにきたのだ。

……まあ、本当なら王道シンプルなシロノワールを頼むべきところを季節限定という言葉に釣られてついブルーベリーのを頼んでしまったけれど。

限定とか特売とかって言葉に弱いんだ。赤い文字ってずるいよね。そう思うだろう?

まさか転がったブルーベリーで忘れていた彼のことを思い出すとは思わなかった。

というかそう、彼、長義くん、どうしよう。完全に初対面の反応をしてしまったし、なんならちょろっと殺しちゃおうか的な事も考えた。罪悪感が凄い。

いや待てよ?山姥切は山姥切でも刀剣男士なら私と出会った当人ではない可能性がワンチャン……いや無いわ。

当時はなにも知らなかったから分からなかったけど、鬼と呼んでいたアレは時間遡行軍というやつだろう。そしてそれを倒していたということは確実にあの長義くんはあの時代の山姥切長義ではなく、時間遡行して来た2200年代現在の刀剣男士、山姥切長義だ。

そして過去に出会った山姥切長義が店に来る山姥切長義本人ならば、私の瞳の色を知ってたのは勿論、私の張った結界を難なく超えられるのも説明が付いてしまう。

別れの日。
初めて私の翼下の妖怪となり名前を取り戻して巣立って行く彼が無事に仲間の元へ戻れるように、そして幸せになれるようにとあの頃一番大切にしていた瑠璃の宝石に私の力を注いでお守りとして餞別に渡したのだ。

私にとってはもう1000年近く前の事だけど、時間遡行して来ていた彼にとってはおそらくまだ一年も経っていない出来事だ。

あのお守りを所持していてもおかしくはない。

流石に彼の顕現を保つべく直接注いでいた妖力は尽きたかもしれないが、お守りの力は現役だろう。
ハッてやって花瓶パリンは出来ないのにこういう小技ばかり昔から得意だ。

私の力が宿る物を所持しているのなら、もれなく私の翼下認定。結界に引っかかるはずもない。

従業員の子が、山姥切長義から私の力を感じると言っていたのはソレだろう。

「確実にご本人じゃないのよ」

しかも絶対に私に会いに来てたじゃん。

私の結界術がポンコツだったわけでも、対策を練られたわけでもないことが分かって自信は回復したけど申し訳なさでやっぱり沈む。メンタルがジェットコースター。

でもさ、1000年前だよ?普通覚えてなくない?いや前言撤回。初めての翼下で卒業生を普通忘れないよね。そうです私がポンコツです。いっそ怒ってくれて良かったのに。

けれど、嗚呼。

「良かった……」

忘れてしまった身で言える立場ではないけれど、良かった。

「ちゃんと生きてた……っ」

心配してた。思うだけで何もできなかったけれど、途中で力尽きてないか、殺されてないか、また主に否定されて魂を傷付けるようなことになってないか。

心配してたのだ。だってたった数日だったとしても、私の可愛い翼下の子。

いつの頃からか重ねる月日の中で忘れてしまっていても、それは変わらない。


ソフトクリームとベリーソースを吸ったデニッシュ生地を食む。
甘みと酸味がバランス良く調和している至福の味。文句なしに美味。
最後の一口までしっかり味わって頷いた。
コーヒーで口内の後味をリセット。

「すみません、シロノワール追加でお願いします」

ちょっと苦しいしカロリーは考えたくないけど、やっぱり作ってあげるとすればノーマルタイプだろう。

あれだけ期待されたんだ。忠実に作ってあげたいじゃないか。

思い出したことを告げるのも、忘れていたことを謝るのも、まずはそれからだ。
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