戦場独特の空気が満ち、敵陣を打たんとする兵士の足が地を揺らす。

鬨の声が響く空を、黒い翼が泳いだ。
一対の赤い瞳が遙か高みから見下ろしている。

地上に現れた黒い海のようだ、と思った。
海が波打ち、双方からぶつかり合う波は互いを殺し、命が弾け、消えていく。

戦力差は圧倒的だ。
思考を凝らしているようだが勝敗は見えたものだろう。そう遠くないうちに決着がつくな。

上空をひとしきり旋回し、チリチリと焼く夏の太陽を感じて私は人間の戦いを見届けるでもなく早々に山奥へと帰った。

熱を遮り、スッと気温の低くなった木陰でほっとため息を吐く。

______ 和暦 文治5年

私がちょっと人世を離れ、妖怪の縄張り争いを避けつつ全国を旅する渡鳥のような生活をしている間に時代はいつの間にか鎌倉時代に突入していた。

どうしよう、鎌倉時代とかパッと思い浮かぶの源頼朝くらいしかいない。他にも知ってる人物はいたけれど、先生の便りによれば最近暗殺されてしまったそうだ。私の弟弟子が!

まあ過ぎたことは仕方ない。知ってる歴史通りになっただけであろう。問題は現在私が羽を休める場所に選んでいたこの山と周囲を巻き込んだ戦争が始まってしまったことである。
私が歴史を覚えてるような頭の持ち主だったらここをキャンプ地になんかしてない。

ステイホーム満喫してるヒッキーの家の真ん前で挨拶もなしに轟音立てながら道路工事してるようなもんだぜ?煩いわ。時代が時代ならSNSに晒してるぞ。

幸いにして現世であって現世でない、うっかり人の子が迷い込むと神隠し扱いされるような結界の中が住処なので直接荒らされることはないけれど。

そう、ここは特殊な空間なのだ。私の神域と呼んでも差し支えはない。山神には許可を頂いている。まだ300年ほどしか生きておらず、強い妖怪ではない私はそうして各地を転々としつつゆっくり生きるのがお似合いだ。

そんな場所に、迷い込んできた子羊くんがいた。

銀の髪に瑠璃色の瞳を持つとても美しい付喪神。彼は自らを長義と名乗った。

私は決してお人好しではないし気ままに生きる主義だから別に拾うつもりはなかったのだけど、私の神域に入り込む存在は初めてだったので好奇心で声をかけてしまったのだ。

見つけた時にはボロボロで「ああこれはもう駄目かな」と思ったのだけれど、覗き込んだ瞳があまりに綺麗だったものだからつい手を差し伸べてしまった。

「生きたい?」

そう問いかけた言葉に、消えかけの魂とは思えないほど強い意志をその瞳に宿すものだから。


そんな彼は、なんやかんやあって帰るためにも早急に強くならなければならないらしい。

強くなるには修行がテンプレだよね!ということでブートキャンプを開催している。

内容はシンプルに、長義くんを討伐対象らしい鬼モドキのいるあたりにぽいっと放り投げて死にそうになったら離脱するを繰り返す。
怪我の回復は私が出来るので無問題だ。

いや違うんだよ?私でもちょっとこのやり方は鬼か?と思ったけど長義くんがそれで頼むって言うから……!

ちなみに鬼の奴らに関わるなって本能が叫んでるので私が参戦することは出来ない。
長義くんはそれについては「だろうね」くらいの反応だったので何か知ってるのかもしれないけれど詳しくは聞かない。

あの鬼モドキ。なんかツノ生えてるのとかいるから便宜上鬼と呼んでるけど、どう見ても私の知ってる鬼ではない。アレと戦う長義くんは陰陽師の式神的なアレなのかな?とは思ってる。鬼の出現する範囲を飛ぶようになって気付いたけど、長義くんの同類っぽいハイカラな武士……武士?もたまに見かける。鬼は敵勢力の式神かな。バトル漫画だね!

まああんな魂消滅寸前のボロボロになるまで存在否定されるとか、主にする人選間違ってるとしか思わないけど。

なんでそんな人主にしたの?拒否権はいずこ?って聞いたら無いらしい。
人権が来い!!日本国憲法はまだか!?
人じゃないって?知らんがな。


「おかえり、帰ってきて早々だけどもう一度お願いできるかな」

木陰で涼んでたら休憩してた長義くんが声をかけてきた。

「大丈夫?もう数十回だけど……」

少なくともそれだけ死にかけてるってことだ。さすがに私の良心が痛むのだけど、と視線を合わせればその瞳は青い炎の如く燃え盛っている。

苦笑が漏れた。

___ああ、そうだ。私は初対面でこの瞳に魅せられたのだ。
ならば制止など無意味、無礼、侮辱だろう。

「いいでしょう。あなたの行末、とことん見届けさせて貰いましょうか」

その苛烈な意思を貫き通すが先か、燃え尽きるが先か。

「望むところだ」

飛んだ時に当たりを付けた場所に向かい、鬼モドキへ駆け出したひらめくその銀の閃光を眺めた。

流れ星みたいだ。青い炎を持つ流れ星。

きる、斬る、切る、キル。

六体一部隊で固まった鬼たちを何部隊も倒していく。

恐るべき速さで成長する彼を離れたところで見守りながら、手持ち無沙汰に懐に入れてた宝石を日にかざした。

瑠璃。

石集めは最近ハマった趣味であったけれど、その中で一等気に入っていた石だ。手に入れるのにもちょっと苦労したっけ。

「ぶった斬る!」

一際勇ましい声の後、最後の鬼が倒れ伏した。

「お疲れ様」

見たところ怪我は大したことないようだが、疲労が濃い。
しかし力補給しようか?と差し出した手はやんわりと断られた。

「このくらいなら平気だ、死ななきゃ安い」

社畜かな??
うっかり700年くらい未来の言葉が飛び出しそうになって慌てて飲み込む。別に通じないのはいいんだけど、何言ってんだコイツって目で見られるのは悲しい。

「とはいえ、この辺りの鬼はあらかた片付けてしまったわ。また上空から探さないと」

正直なところ、これが結構キツいのだ。
主に黒い羽のせいか太陽光が。それ以前にそもそもの話、妖怪の活動時間は黄昏からが本番なのでゴリゴリ何かが削られてる気がする。多分メンタル的な何か。

地上を彷徨うのは地形もあって非効率的だし、仕方ないかと羽を広げる。

「待て、そこまで無理をさせるつもりは……っ!」

くらり。視界が揺れた。

「あら……?ちからが、はいらな………」

そして、暗転。
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