06

チリンチリン
耳に聴き心地のいい音と静かな機械の音が混じって溶ける。頬を撫でる風に目を覚ました。
あれ、可笑しいな、世界がぼやける。
何度か瞬きを繰り返したり目を擦ったりしたけど効果は無い。 身体が重い。
寝かされたまま布団に身体が縫い付けられてしまったんだろうか、なんて。
慣れた空気、畳の匂い。ここは自分の部屋。
風を感じて首だけをそちらに動かすと、静かな音を立てながら風を送り出すものがある。扇風機だろう。霞んだ世界では一つ目一本足の妖にすら見えた。

額に置かれている、すっかり温くなったタオル。
今何時だろう。
私、何してたんだっけ?
上手く機能を果たせない視覚の代わりに聴覚がいつもより多くの音を拾う。 話し声がする。否、"話し声"というには些か声質が重く強い。
誰かが一方的に責め立てている。
はて、この声は父に似ている。饒舌では無い上に、あまり家にいる事のないあの父の声に。

しかし今は仕事で都心の方にいるのではなかったか。仕事を投げ出してまで来る何かがあったのだろうか。ならばこんな所で暢気に寝ている場合ではない、起きて話を聞かなくちゃ、私に理解できて力になれるかは分からないけれど、このままでは責め立てられている誰とも知らぬ方が可哀想だ。

ああでも________、
(身体、重いなぁ)
頭は働いているのに身体が寝てるというのはこういう事をいうのだろうか。

そうしている内にヒタヒタと廊下を歩く音が聞こえて、僅かに開いていた襖の向こうを横切る影。
「…………」
「ぁ、ああっ…!」

霞んだ世界ではそれが誰かハッキリと見えない。だがそれでも判別できる黒髪と身長、一瞬だけ合ったように感じた瞳に全てを思い出した。

無事だ、無事だった。生きてる、生きてた。良かった、本当に。

恐ろしい事柄から生還したことを今更実感して、安堵に心が震えた。そして情けなく震える喉から出るのは今しがた見えた彼の名前。「静司」と。
しかしその呼びかけに応えるように部屋へ入ってきたのは求めるその人では無く父だった。
やはりあの声は父だった。
しばらく無言が続いた。ぼんやりとしか見えない父の顔を眺め、また父もそんな詩織の側に腰を落とし沈黙する。
やがて落とすように言葉を紡いだ。

「肝が冷えたわ、馬鹿者が」

その言葉に込められ隠された愛に、一筋の涙が溢れた。
そして次の言葉に世界は色を無くす。

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