01

真夏日のある日。
照りつける太陽の下、張り付くシャツや体力の限界と戦いながら一人の少年は走った。
整った容姿とキラキラ光る汗が彼の現状とは真逆に、周りの人間には輝いて見せる。 少年、夏目貴志は人目の多い通りを抜けて木々が生い茂る森へ踏み込んだ。
重なる木の葉が太陽の光を遮り、ほんの少しの涼しさを彼に与え、ふっと体を軽くする。 しかし続いているのは登り道。
引き返すという選択肢が無い夏目は、ひたすらその先に寺か神社があることを祈って足を進めた。
その背中に低く響く声がのしかかる。

「友人帳を寄越せ」

刹那、鋭い爪の大きな手が少年を近くの大木へ叩きつけた。
背中に走る衝撃に肺が悲鳴を上げて咳き込む。
赤黒く変色している腕の先、目を一つしか持たない大きな巨人。
その姿形はどう贔屓目に見ても『人間』ではなく、 それは『妖怪』と呼ばれるものの類。

「友人帳を寄越せ」

一つ目の妖あやかしは繰り返す。

「友人帳を寄越せ……名前を、返せ」

夏目の目が見開いた。

「友人帳に名前があるのか?」

【友人帳】
彼の祖母が喧嘩を売り、負かして子分にした妖怪の名前が綴られた契約書。 それさえあれば多くの妖怪たちを従えることができる、力を求める妖には夢のような代物だ。

「返す、名前を返すからいい加減離せ!」

ミシミシ押し付けられる圧迫感に耐えられなくなった彼は、その細腕に似合わぬ強い妖力のこもった拳で一つ目の眉間を殴り飛ばした。
苦しげな声を上げて一つ目が蹌踉めく。

パンッ

「『ジャコ』君へ返そう 受けてくれ」

咥えた紙から一つ目へ名前が返還されていく。

「あぁ…返った。名前が返ったぞ」

一つ目は満足そうに言いそして、

「ぐっ!?」

夏目の体をその大きな両手で握りしめた。
名前を返す行為は酷く体力を消耗する。その上、体と一緒に腕も掴まれてしまった彼は抵抗ができない。

「喰ってやる」

顎が大きく開かれ、夏目を丸呑みにしようと接近していく。
(やばい……!)
迫り来る危機に全力で抵抗するが、状況は好転しない。

「…おい、そこの一つ目」
「「!!」」

状況に似つかわしくない、凛とした声が降ってきた。

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