ある街角を歩いている青年に、前からやってきた美しい女がぶつかる。
よろける女を青年はしっかりと受け止めた。

「おっとシニョリーナ、大丈夫かい?」
「すみません、私ったら余所見してて…」
「気にしないで。俺で良ければいつだって受け止めるよ。美しい天使さん。」
「まあ!」
「どうだいこれからお茶でも…」

彼はハッとしてそこで言葉切った。
背後から並々ならぬ気配を感じる。
突然黙った青年に、不思議そうな顔を向ける美女。
彼は苦笑いで

「じゃ、じゃあ気をつけて。」

と手を振った。
美女が彼の横を通って行ってしまってから、彼はゆっくりと振り向く。
予想通り、其処には彼がよく知る彼女がいた。
いつもの愛らしい笑顔ではない、鬼のような形相だ。
噛み締めた唇の間から、彼の名前が搾り出される。

「シイイイイザアアアア」

あと一歩でも近付けば、一杯の買い物袋で殴られそうだ。

「あー…すまん。」

分かっていながら、シーザーは彼女に近付く。

「シーザーの馬鹿!!!」
「ッッ、袋じゃなくてビンタの方だったか…」
「リサリサ様の為の食材で殴る価値なんて無いんだから!あんたみたいな浮気者!」
「すまない、つい癖で…。」
「昨日怒ったばかりでしょうが!」
「そ、そうだったな…。」
「治す気が無いなら、もう、いいッ!」

ドシドシと大股で歩き出した彼女を、シーザーが追う。

「許してくれ、俺が本当に愛しているのは世界で君だけだよ。」
「それ三日前に別の子に言ってたよね。」
「…ダイヤモンドのような君の瞳でもう一度俺を見てくれないか。」
「昨日の台詞だわ。」
「…天使と見紛う微笑みが君には似合うと思うんだが。」
「天使はさっきの人なんでしょ。」
「……えーと、あー…」
「我慢ならん!絶ッ交!!!」

怒声に為す術も無く、シーザーは肩を落としながら彼女の横を館まで歩いた。

「ってわけなのよ、酷い男だわ!」
「はいはいそうだな。」

夜、館の一室で、彼女が昼間の話をする相手は、ジョセフ・ジョースターだ。
しかしジョセフの方は頷きながら明後日の方を見ている。

「ちょっとジョセフ、ちゃあんと聞いてんでしょうねえ?」
「聞いてる聞いてる。」
「聞いてないでしょ!!」
「あーもー、聞き飽きたんだよ、おめーたちのゴタゴタはなあ!」
「そんな言い方無いじゃあないのッ!」
「シーザーちゃんのスケコマシったら今更始まったことじゃねえだろうが。」
「そうだけど!」
「それにあんだけ顔がいいってのも最初からだろ?ムカつくけど。」
「そうだけど…」
「お前さぁ、アイツと付き合うには、ちょーっと覚悟が足りなかったんじゃあないのぉ?」
「…ッ!!」

彼女の瞳が大きく見開かれていることに、ジョセフは気付かず続ける。

「そんなにヤキモチばっか焼いてたら、そのうち振られるかもなーッ」
「…………。」
「なーんて、シーザーに限ってそんなこ……ッて、おいッ?!」

漸く彼女の異変にジョセフが気付くが、時既に遅し。

「うえええん、やだよぉ、振られるなんてぇぇえ」
「ジョーダンだってば、ジョセフさんお得意のジョーダン!おいお前、そんなに泣くこたぁねえだろうが!!おいッ!」
「うわあああんもう行くううう」
「馬鹿ッ、せめて泣き止んでから部屋に戻れッ!寝覚めが悪ぃだろうが!」

ドアを開け、廊下に出ようとする彼女の腕をジョセフが慌てて追って掴む。
急に強い力で引っ張られ、彼女はジョセフの胸に思い切り後頭部を打ちつけた。
逃げないようにジョセフがしっかりと押さえ込む。

「放してよう…!」
「放したら走って行くんだろうが。」
「そうよ!」
「じゃあ放せねえっつーの!」

ぐすぐすと鼻を鳴らし続ける彼女を、ジョセフが宥める。

「落ち着けって。…お前さあ、だから、あの、あれだ。」
「……」
「好き、なんだろ?」
「……うん。」
「じゃあ、それでいいじゃあねえか。」
「……。」
「あー…うん、分かった、そうだな。じゃあ、えーと、よし、飲もう。」
「ううー、解決してないよー…」

未だ眉間の皺を緩めない彼女に溜め息を吐きつつ、ジョセフは部屋に彼女を押し込み、なるべく強めの酒を選ぶのだった。

一方、打ちひしがれた姿でゆっくりと廊下をやってくるのはシーザーだ。
2人の姿を一体どこから見ていたのか、何を勘違いしているのか、想像は容易い。
怒りか悲しみか後悔か、唇はワナワナと震えている。

「い、いや、きっと何かの間違いだ…」

その通りなのだが、それを教えてやる者はいない。
しかも悪いことに、扉の前に立ったシーザーの耳に彼女と彼の声が入ってくる。

「あッ、ヤダ、ジョセフ、こんなの…」
「いいだろぉ?」
「強過ぎる、よ…!」
「シーザーのことなんて忘れちまえッ!!」
「や、やだぁ!!ジョセフ、無理だよぅ!そんなに…ジョセフ!」
「はいはい、でも好きなんでしょ?」
「そ、そんな…それ以上は、ダメッ」

シーザーの頭の中でプッツンと音がして、次の瞬間には扉は盛大に蹴破られていた。

「貴様、ジョジョォォォォ!!!」
「ギャッ!?何なのシーザーちゃん、うわっ、やめっ、ちょッ!!!!!」

繰り出される攻撃をジョセフは紙一重でかわす。

「許さんッッッ」
「何を勘違いしてんだッ、馬鹿シーザー!」
「何だとッ」

たっぷりと注がれたテキーラを片手に唖然としていた彼女も、荒らされていく部屋に漸く気を持ち直す。

「シイイイイザアアアアア」

響き渡る大声に、シーザーの動きがピタリと止まった。
彼女をゆっくりと見る。
余りに悲しげな瞳に、彼女はドキリとするが、頭を振って、しっかりと声を出す。

「何してるの。」
「何って、お前がジョセフに…」
「ジョセフは私を慰めてくれてたのよ。」
「え…」

テキーラは酔い潰して寝かせる為だけどねん、とジョセフは心の中だけで言い、代わりに片眉を上げてシーザーに声を掛ける。

「誰かさんが浮気ばっかりして、そいつを泣かせるからな。」
「……す、すまない、俺はてっきり…」
「んなことあるわけないでしょーが。そいつの大好きな奴なんて、胡散臭いイタ公一人だっつーの。」

ジョセフッ!と彼女が顔を赤くして叫んだが、シーザーがその声ごと彼女を抱き締めてしまった。
彼女の小さな肩に顔を埋めて、シーザーが言う。

「もう他の男の名前なんて呼ばないで…俺が悪かった、君をいつもこんな気持ちにさせていたなんて。」
「シーザー…」
「君だけなんだ、俺の気持ちがこれほど揺れるのは。」
「私…」
「もう遅いかも知れないけれど、どうか言わせてほしい。」

スッと身体を離し、シーザーが彼女の両頬を優しく包む。
目と目が確かに結ばれた。





『いとまめに実様にてあだなる心なかりけり。』
(たいそうまじめで、律義で浮わついた気持ちは持っていなかった)





次にシーザーは「心から愛してるよ」と言う、そしてキスの後に彼女が「遅くなんて無い。私もよ、シーザー。」と言う。そして俺は「頼むから続きは自分の部屋でやってくれよな。」と言う。
ジョセフはそう思いながら、愛を囁き始めた親友から少し離れた場所で、溜め息を吐いたのだった。








あとがき

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