どちらかというと平凡な人生を歩んできた私にとって、あの双子と同学年であったことは、なかなかの事件だったと言えよう。羽根の生えたボールみたいに、そこら中を駆け抜けて行って大騒ぎを繰り広げる、ウィーズリーの双子。
彼らは鳴り物入りで入学して、というと言葉の使い方が違うのかも知れないが、様々な物を鳴らし大騒ぎしながら入ってきた、という意味であればこれ以上の鳴り物入りは無い。むしろ2人こそが鳴り物そのものだ。前評判の斜め上を行く悪戯っぷりに、私は度肝を抜かれた。
一体誰が、入学式直後に、学校で一番怖そうな先生(それは黒髪で鷲鼻でスネイプという名だった)のフードに、蝶々をいっぱい詰め込めるだろう?逃げ出したカラフルな蝶たちを全部捕まえるのに、入学生たちも駆り出されることとなった。そのときに友だちができた子も多い。
それは私も例外ではなかった。
あと一匹を残すところで、探すのに飽きた子たちがお喋りをし始めた教室を出て、小さな生きものが入り込んでいそうな場所を探る。
空き教室を見つけ、隅の棚の下をのぞき込んだときだった。

「やあ、元気?」

声をかけられた。横目で足だけを見つつ返事をする。

「とっても。蝶みたいに何処までも飛んで行けそう。」
「それは止めた方がいい、何故なら全校生徒が君を見つけるまでお昼を食べられないからね。」

棚の下には埃しなかった。そこで私は顔を上げる。
そして瞬きをした。けれど燃えるような赤毛は消えない。有名人を前にして言葉を失っている私に向かって彼は肩をすくめ、もう一度言った。

「やあ、元気?」

驚きを引きずりながらも返事をする。

「とっても。あー、お腹は空いてるけど。」
「奇遇だ、僕もさ!」

主犯格の彼がにっと笑いながら続ける。

「だからこれから、たったひとつのごく小さな動きでもって、僕らのお腹を満たそうと思う。」
「そんな魔法みたいなことできるの?」

彼は一瞬きょとんとし、しかしすぐにまた笑顔になった。そのフレーズが気に入ったように頷く。

「そうだよ、これは魔法だ。」

手を出してと言われるがままに、両手を彼へと差し出す。
彼はポケットに手を突っ込んで、それを取り出した。
私の手に乗せる。
その美しい色に私がハッと息を呑むのと、彼が声を上げるのが同時だった。

「見つけた、最後の一匹!」

大きく叫ぶや否や、羽根でもついているのではないかと思う程に速く駆け出した。
たちまち集まってきた生徒や先生たちに囲まれ、私と私の手の中の小さな生きものは目を白黒させたのだった。
後で見ると、いつ入れられたのか、ポケットにはビーンズとクッキーが入っていた。

後日、私はあの赤毛の悪戯っ子に、小さなケーキを焼いて持って行ったのだが、うっかりそっくりの片割れに渡してしまい、それから長くからかわれるようになる。
もちろん、渡せなかった方からは長く催促されるようになる。

「僕の方にケーキをくれたっていいんだよ。もし君があのお菓子を気に入っていたらの話だけど。」
「あなたに渡すつもりだったんだってば。でもよく考えれば、そもそもあの事件を起こしたのはあなたたち2人じゃない。」
「でも君に魔法をかけたのは僕だけだ。」

ジョージとの出会いは、私の人生で大事件だったと言える。
年を重ねる毎に、彼は私にとって特別な男の子になっていった。
幾度も同じクラスになり、その度に隣の席になった。軽口も相談も、遊びも喧嘩も心からできる相手になった。

「今日の授業、パートナーは僕なんだ。君の気に入りのフレッドじゃなくて悪いね。」
「いつフレッドがお気に入りだって言ったかしら?」
「初対面でプレゼントするくらいにはそうだろ?」
「ジョージったらまだケーキのことを言うの?全く、いつの話なんだか。」
「それほど衝撃的だったのさ。」
「それに、あの後あなたにも作ってあげたでしょ。」
「同じのじゃなかった。」
「それはその……フレッドのよりちょっとデコレーションが足りなかっただけじゃない。」
「やっぱりそうか!フレッドの嘘じゃなかったんだな。」
「……大人っぽく見せたかったんだもん。」
「え?」
「大人っぽいのをあげたかったの!素敵な女の子だって見られたかったから!」

一瞬の間を置いて、君ってほんとかわいい奴だな!と、ジョージに抱き締められた日をよく覚えている。彼にそんな風にされるなど思ってもいなかったので、私はまたも目を白黒させた。影から見ていたフレッドとリーには大騒ぎをされたものだ。
ジョージはそのときからすっかり開き直って、以後、私たちは特別な友だちからステップアップしたのだった。

魔法なんて無いと思っていた凡庸な日々に、魔法のような風を吹かせてくれた。
毎日毎年あの手この手で私たちをわくわくさせてくれた。私を、ドキドキさせてくれた。

「もしも君が良ければ、ダンスに。」
「悪いわけがないでしょう。」
「確かに。」
「調子に乗ってる。」
「君に選ばれてるんだから、当然だろ?」
「うーん、ジョージにはかなわないなあ。」
「光栄至極。」


卒業式はあっという間にやって来る。


「もしも魔法が使えたとして、ジョージなら何をする?」

昼休みの中庭で、ジョージの隣に座りながらふと口にしていた。
卒業を控えた私たちにもう授業や試験の類は無い。
目の前を駆けていくのは、まだこの学校での日々を抱えた下級生たちだ。
サンドイッチをくわえながら、教科書とにらめっこしつつ足早に通り過ぎて行くのはジョージの弟のロン、その隣に同じような姿勢のハリー。少し後ろをペンを耳にかけたハーマイオニー。ハリーだけがこちらに気づき、手を上げてくれた。私も手を振り返すと、ロンとハーマイオニーもハッと顔を上げ、やはり小さく手を振ってくれる。ジョージが「ロニィ君、酷い顔だぜ」と声を上げると「うるさい、助けて!」とロンが何とも哀れな声を上げた。笑ってしまう。私だって試験の前はいつもそうだった。

3人が慌ただしく行き過ぎた後で、ジョージがこちらを向く。

「君だったら?」
「え?」
「魔法が使えたら何をするんだい?」

私は少しだけ黙ってから、口を開く。決まっていた。

「卒業しないわ。」
「どうして?」
「此処が好き。この場所が、この時間が、この感じがとても好き。素敵な物語に終わらないでって願うように、ずっと此処にいさせてって思う。だから、卒業しない。」

ジョージはじっと聴いた後で、物思いに耽る顔になった。随分長い沈黙が訪れ、それはジョージと出会ってから初めてとも言える程の時間だった。

「君がそれを望むんだったら、卒業式を抜け出そうか。」

ジョージはそう言ってから、眉を寄せる。その提案に自ら納得がいかないというような表情だったが、私は目を輝かせる。

「素敵。」

卒業しないなんて、無理だということは分かっていた。それなら、最後にちょっとした冒険をしたっていいじゃないか。
ずっと此処にいる錯覚を得たっていいじゃないか。

「作戦はこうだ。」

ジョージは、いつも通りの様子に戻り、大仰な風に説明を始めた。

「うんうん。」
「卒業式当日、君は学校に来る。今までと何にも変わらない感じでね。そして、式が始まる少し前に、僕が窓からホールへ飛び込み、君の手を引いて外へ。」
「……。」
「ダメ?」

ジョージに顔をのぞき込まれて、自分が黙っていたことに気づく。
大きな声を出した。

「ううん、とっても素敵!」
「僕もそう思うよ。」

今度は私の方が静かになって、その場面の想像を膨らませた。
みんながあ然とする中を、ジョージと私は飛ぶように駆け抜けて行く。フレッドやリーが脱走経路を確保してくれているので、息を切らしながら何処までも遠くへ。時間が追い付けない程、遠くへ。
そう、今までと少しも違わない。ジョージは派手に学校の日々を彩り、私は手を引かれながら笑っている。

ただ、とジョージが口を開いた。そろそろ昼休みが終わるので、見渡す限りもう人はいない。

「僕とフレッドは最後の大仕事が残ってる。卒業式のラストを飾る、学校史上最大の悪戯だ。だから、君を連れ出した後で一度戻る必要がある。待ってて。」

午後の日の光がジョージの瞳に入って煌めく。
何でもない風に話しているが、それが彼にとってどんなに胸踊らせる事柄なのかよく分かった。そしてまた全校生徒が大喜びし、先生方が頭を抱え、親たちが驚愕し、校長先生が微笑むことかも容易に想像できた。
きっと随分前から相棒と一緒に練り上げていた大作戦なのだろう。それは彼らなりの置き土産なのだ。自分たちがいなくなっても、愉快なことがなくならないように。冒険と驚きと遊び心が未来永劫続くように。

そんな計画を持ちながら、私の願いも叶えようとしてくれている。
私のお願いは何だっけ、と再び思った。素敵な物語を終えたくないのは、どうしてだっけ。
チャイムが鳴る。そんな音は全く意に介さないジョージに、思わず笑ってしまった。
彼は自分の時間を持っているから、終わりも怖れない。

「やっぱりいいよ。」

私は笑顔のままそう言った。

「え?」
「卒業式抜け出し作戦は止め、せっかくだけど。ごめんね、ありがとう。」
「どうして?」
「2人の悪戯を見ていたいから。」

例えこの先にどんなことが待っていても。と付け足そうとして、ふと不思議に思う。
どんなことって、何だろう?そんなに切実なことが果たしてあるというのだろうか?
私が答えを見つける前にジョージが話し始めている。

「相当ド派手にやるぜ?抜け出した君がこっそり外から見てたって分かるくらい。」
「うん。でもちゃんと一番近くで見たいの。」

私にとって最高の物語は、ジョージの傍でわくわくドキドキすることだ。
卒業するくらいじゃ、きっとそれは終わらない。
次の場面で、先の頁で、きっとまたとってもおもしろいことがたくさん待っている。

「そうか。そりゃ張り切ってやんないとね。」
「そうして。ずっと大笑いしててあげる。」
「ずっとっていつまで?」
「え?」
「それはつまり、学校を卒業した後もそうしていたらいいんじゃないかなって提案をしたいんだけど。」
「それはつまり、これからも一番近くの席を私に取って置いてくれるってこと?」
「永久にね。」

聞き終わらないうちにジョージに飛びつくと、しっかり抱き留められた。肩に顔を埋めると耳が当たってくすぐったい。
ジョージは笑いながら、小さな声でもう一言付け加える。

「君にだけかける、解けない魔法だ。」




唐突に思い出す、あの羽根の色は。




「おはよう。」

目覚めると隣から声が掛かった。
決して綺麗とは言えない部屋で、広いとは言えないベッドの上で、まだ薄暗い中で、目が合う。口元がフワリと緩んでしまう。
返事をする。

「おはよう、ジョージ。」
「随分と機嫌が良さそうだ。」
「私はいつだってご機嫌よ。」
「そうだったっけ?」
「知らなかったの?」
「今日学べて良かったよ。で、どうしたの、いい夢でも見たかい?例のあいつが消えたとか?」
「残念、半分外れ。でもそうね、とてもいい夢だった。」
「どんな?」

私は目を細めて思い出す。細部は既に消えかかっているが、それでも私の心を満たすには充分だった。

「私やジョージやみんなが出てきて、学生をやっているんだけど、魔法が使えないの。」
「揃ってマグル?それって楽しいのか?」
「ジョージとフレッドは魔法が使えなくても凄い悪戯を次々してたわ。」
「流石僕たち!」
「そして、これが最大最高の悪戯だ!って、卒業式でやらかすのを計画してるの。」
「懐かしいな、ホグワーツにいるときにそんなこと言ってたや。」
「私はそれを一番近くで見てて、それから、ジョージと私が並んで笑ってた。」
「なるほどね。じゃあ今と殆ど同じってわけだ。」
「ああ、そうだわ。本当に。」

そこで頬にキスをして、見つめ合って、小さく声を出して笑った。
魔法界はここ数年でガラリと変わり、双子は学生たちに伝説を残しつつもホグワーツを卒業することはついになかった。
それを追いかけるように連れ出されるようにして、ジョージの横で店を手伝って、騎士団をして、もう2年目だ。私たちは様々な傷を負って、希望を持って、俯きかけた顔を上げて、今は前を向いている。
そう、決戦の日は近い。
だから、私たちは変わらない会話をする。無理矢理じゃない、ごく自然に繰り返す。

「最後は?」
「え?」
「夢の最後はどんなだった?」

私は目を瞑る。

「ジョージが私に魔法をかけた。」
「今後の参考に詳しく聞いておこうか。」
「ずっと傍にいる魔法。」

ジョージが唸った。

「君の夢の中の僕、偉い。誉めてやりたい。」
「うん、とっても格好良かった。」
「僕とどっちが?」
「どっちもジョージでしょ。」
「そうだけど。」
「じゃあもう一回かけてよ。」

彼の顔に手をやり、耳があったところに触れると、くすぐったそうな顔をする。
しかし、すぐに私の手を取って、口許へ持っていった。ゆっくり静かにキスをしてから上げた顔は、穏やかだけれど真面目で、輝くようだけれど微笑みだった。

「これは魔法だ。」
「どんな?」
「僕らがこれからもずっと一緒に、素敵なものをたくさん作っていく魔法。今の場面をひとまず終えたとしても、続いていく物語の中でいつも笑っている魔法。」

今の場面をひとまず終える、と私は心の中で繰り返す。
それは少し前まで私が最も怖がっていたことかも知れない。
踏み出して失うくらいならば、ずっと此処でいいと。時の流れに押されて行くのを必死で止めようと。

けれどもジョージは違った。今できる最高に楽しいことをして、変わることも厭わない。何処にだって飛んで行きながら、大好きなことを手放すこともない。そういう魔法の羽根を持っているのだ。いつかジョージがわたしの手に乗せた蝶の色を思い出す。そうだ、あれは私が好きな色だった。
だから私も。
どろどろだった中身は、時間によって形を持った。まだ柔らかいけれど、今は自分の中にも羽根を感じる。羽根を大きく広げて、そろそろ卒業しに行かなくちゃ。

「ありがとう、ジョージ。」
「こちらこそ。」

この善き門出の日に、愛の魔法をかけ合って。

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