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人気の少ない桟橋から舟を降り、晋助と私は江戸の街へ入った。
大勢の人々が行き交う街道を歩く。
灯台下暗しとはよく言ったもので、江戸はよく訪れてはいるが、天下の大罪人の私達も普通にしていれば面が割れて騒ぎになる事も殆ど無かった。
街道には多くの路面店が軒を連ねている。
けれど晋助は、そこに用は無いといった様子で、ただ前へ前へと歩を進めて行った。
「---晋助、待って、」
ある店の前で、晋助に似合いそうな着流しを見つけた私は、彼を呼び止める。
私と晋助の行動に、映画鑑賞や買い物などという、恋人同士らしい行いは皆無。
だからせめて、こういった機会を大切にしなければ。
「晋助、待ってってば、」
着流しの袖を掴むと、彼は心底面倒そうに足を止めた。
「………なンだ?」
「ほら、この着流し、綺麗な色。晋助に、どう?」
「テメェがさっき縫ってたのだってあんだろーが。俺の着物なんざ、そう何枚も必要あるめぇ。」
「…そう…、…そうだよね。」
「判ってンなら、いちいち呼び止めんな。」
「…………。」
掴んでいた晋助の着物の袖が、私の手からするりと抜けた。
晋助はそのまま歩いて行く。
こんな彼の言動にだって慣れっこだ。
なのに、今は何だか無性に悲しい気持ちになった。
涙が出そうになる。
「まぁ、おネーチャン、そんな顔しねぇで。ホラ、彼氏行っちゃうよ?」
店の前で俯く私を見兼ねたように、露店商から声を掛けられた。
はっとして、晋助が歩いて行った方向を振り向くと、彼の派手な着物が、人込みに掻き消されようとしている。
「---晋助!」
待って、と叫ぶが届かない。
「---晋---、待……っ!」
急いで追おうと踏み出すが、何かに躓いて地面に手を着く。
「…!鼻緒が…。」
下駄の鼻緒が切れていた。
これでは歩けない。
(……痛…。)
仕方なく両の下駄を脱いで、裸足になった。
晋助の背中はとっくに見失っていた。
きっと彼は、私が着いて来ないと気付いても、一度たりとも振り返ってはくれなかっただろう。
いつもいつも。
そうして貴方は行ってしまう。
鬼兵隊に入った時は、その思想に心酔して、晋助の背中を追う事が嬉しくて仕方なかった。
いつからだろう。
その背中を見る事を悲しいと思うようになったのは。
曇天の空は、更に黒々と、今にも雨粒を零しそうに見えた。
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