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新月の光が地上を照らしている。
その雑木林の一角の空気は、研ぎ澄まされた刃のように鋭く張り詰めていた。
「…ここまでだな。もう刀振る力は残っちゃいめェ。」
高杉晋助は、刀を支えにしてかろうじて目の前に立っている、満身創痍の新選組隊士に言った。
「……ふふ、お見通しか。」
その者は、自分の命が今ここで潰えるというのに、不敵に笑う。
「だが、な、高杉。私はちっとも負けた気がしない。」
「…そりゃァ、けっこう。」
高杉は口の端で笑った。
全くもって面白い。
偵察がてら江戸に降り立ったのだが、まさかこの数日の間で居場所を嗅ぎ付けられ、追われる事になろうとは予想していなかった。
そして、よもや追い付かれるとは。
憚る攘夷浪士をどれだけ切り捨てここまで来たのか。
たった独り、女の身で。
「…なら、構えな。歯ァ食いしばって踏ん張りやがれ。折角ここまで来たんだ、俺が直々に終わらせてやるよ。」
言って、彼女に刀を向ける。
彼女は首を振った。
「…とはいえ、先刻言っただろう。
もう私には刀を振る力も残っていない、と。
……切れ。」
彼女は挑みかかるような笑みを見せつつも、刀を足元に放り投げる。
ガチャリと重い金属音が響いた。
彼女の膝はがくがくと震え、肩で息をし、その様は立っているのがやっと。
「…これで終ェか、お前は。」
高杉は低い声で唸った。
刀を持て、そして俺と戦え。
高杉の脳裏に、今まで何度も何度も彼を追い、先陣切って挑んで来た彼女の姿がよぎった。
立つ事すらできなくなった彼女に、自分はとどめをさすのみなどという事は、納得できない。
高杉は、敵ながら彼女を買っていた。
その勇猛さを、強い信念を。
だからこそ、自ら刀を交わせ、武士らしく散らせてやろうと思った。
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