「…また遅くなった…。」


ため息が出る。


22時半。


朝から会社にいるのに、帰れる時間はいつもこのくらい。

そんなハードな仕事をしている訳ではない、ただのオフィスワークだ。

それでも、あれやこれやとこなす事務処理は多くて、なかなか定時に上がる事ができない。



結局今日も、仕事が終わったのは定時を1時間以上も過ぎてから。

やけに重く感じるカバンを肩にかけ、エレベーターでビルの1階まで降りた。


出口の自動ドアの先に見える外の景色は、底冷えしていかにも寒そうだった。



(今日も、銀ちゃんの所に寄れない…。)


今日こそは早く仕事を終わらせて、銀ちゃんにメールして、一緒にご飯を…、なんて考えていたのだけれど。


今から万事屋に行ったって、どうせ真夜中だ。


むこうの都合もあるだろうし。


明日も朝から仕事がある事を考えると、実際問題難しい。




最近、銀ちゃんと全然逢ってない。







「…さぶっ…。」


自動ドアが開くと同時に、刺すような冬の冷たい風が吹き付けて来た。


寒いったらない。


通りに出ると、正面から、腕を組み肩を寄せ合いいかにも幸せですというこれ見よがしなカップルが歩いて来た。


何、こいつら。


見せつけなくていいからね、別に。

てか、端っこ歩けよ邪魔だから。

ケンカ売ってんの?



…なんて胸中で毒づくけど、勿論そんな思いはおくびにも出さず、ただの通行人面してすれ違う。



(いいですねぇ、幸せそうで。)



はぁ、と吐いた息は、虚空で白く広がって消えた。


なんだか、無性に淋しい気分になる。


疲れた。

寒い。

独りだし。


逢いたい人には逢えないし。



銀ちゃんなんて、どうせ今も、こんな寂しい気持ちをしているあたしの事なんか忘れて、甘い物食べながら居間でジャンプとか読んでるんだろうな。



つーか、あたしが連絡しなきゃ音沙汰無しかい。


逢えなくても、あたしの事ちゃんと思い出したりしてくれてんのかな。


銀ちゃん、めんどくさがりだからな。


メールも電話もあんまりくれないし。


あたしがいつもどんな気持ちでいるかなんて、わからないだろう。



凍り始めた残雪を避けて歩きながら、ぼそりと呟く。


「…銀時のバカヤロー…!」




「誰がバカだコノヤロー。」


「わぁっ!!?」



いきなり後ろから、太い腕が首に巻き付いて来た。


「ちょっ、く、くるしいっ!!」

その腕をほどこうともがくが、びくともしない。


首だけ捻って斜め後ろを見上げれば、そこには勿論---


「銀ちゃん!」


勿論、大好きな人の顔。


何なんだろう、このツボを心得ているような登場の仕方は。



でも、これってもしかして---


「俺がせっかく寒空の下で待っててやったのになぁ〜。誰がバカなんだっけ?」


「……う…。」


失言でした。


というか、それより。


やっぱり、待っててくれたんだ…。



ベタすぎるサプライズなのに、単純に嬉しくて仕方ないんだから、あたしも困ったものだ。


「ごめん、銀ちゃん。バカヤローって間違いだから。」


この人、根本的にサドだから、つけこまれる前に素直に謝るに限る。


で、なかった事にしてしまうのが利口というもの。



だが、しかし。



「そんなふうに言われて、銀サン悲しいなー。」


銀ちゃんはわざとらしくため息をついた後、意地悪くニヤリと笑った。


…やっぱりそう来るわけね。


「銀サン傷ついちゃったもんね。そういう悪いお口にはおしおきしてやらねぇとなァ。なー、さくら?」


なんか企んでる時の、不敵な笑みだ。


何を言い出すつもりやら。



実は未だに絡められてる銀ちゃんの腕の中から、あたしはうんざりと彼を見上げる。


「あのね、銀…、」


……んん?



銀ちゃんの顔が近付いて来る。


あぁ、悔しいな、なんでこんなきれいな顔してんの。


あれ?でも、てことは、おしおきって、キス?


この往来で?


って言っても、時間も時間だし人も疎らだからいいけど。


あたしは反射的に目を閉じる。



うーん、何だかいつもこうやってほだされてる感じがするなぁ。



でも、銀ちゃんのキスは好き。


あたしにとってはチョコレートパフェよりも甘い。


おしおきがキスでもらえるなら、今度からたくさん悪口言っちゃおうかな、なんて。





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