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【1】
そこは、春雨母船の牢獄。
「おい、お前。」
朦朧とする意識の中。
「生きてんのか?あァ?」
手放しそうになる私の意識を繋ぎ止めたものは。
「…チッ。
こんなもん見た日にゃ胸糞悪くて飯も食えたモンじゃねェ。
おい、看守。」
この牢の前を通り過ぎる姿を何度か見かけた、鋭い目をした麗しい地球人の、
「この女、死んでんぞ。さっさと処分しろや。」
という、哀れみの欠片もない、いやむしろ侮蔑すら含んでいるかのような、低い声できっぱりと言い放たれたその言葉だった。
『…生きてるんですけど。』
ぼそりと呟いて反論する。
「俺ァ今から、ここのアホ…阿呆提督と談合があんだよ。その直前にこんな死体見つけちまうたァ幸先悪ィ。」
『生きてるってば。』
今度は先ほどより幾分声量を増して呟いてみた。
しかしその男は、聴こえているのかいないのか、変わらず飄々とした調子で看守に話し続ける。
「ここじゃ囚人の骸はどうやって処理すんだ?
だいたい想像はつくがな。」
男は、クク…と、嘲るように喉を鳴らして笑い、ちらと視線を落とした。
目が合った。
『ちょっと、あんた!』
どういうつもりで言ってんのよ?
空気混じりの潜めた声で呼び掛ける。
が、男は揶揄するように目を細め、聴こえないと言う様子でふいと目を逸らした。
こいつ、私の呟き絶対聴こえてるわ。
明らかに会話の対象は私。
わざと私に聴こえるように言っているのだ。
そうして、男は続ける。
「看守さんよ、早いとこ片付けちまいな。弔ってやるような優しい組織でもねェんだろ。」
『だーかーら!!生きてるって言ってんでしょーが!!聴けよ片目!!』
頭に来た私は、横たえていた躰を全力で起こして叫んだ。
『あんたねぇ!!弱ってる天人に哀れみとかないわけ!?涼しい顔してんなよ地球人!こちとらこんな手負いで本気で心細くなってんだから!ていうかまだ死んでないし!縁起でもない事言って追い討ちかけないでくれる!?』
激憤して一気に喋って力尽き、再び冷たい牢獄の床に突っ伏した。
あぁもう馬鹿馬鹿しい。
無駄な体力を使ってしまった。
今の私はひたすらじっとして回復を待つしかないというのに。
また意識が遠くなって来た。
まだ、死ねない。
いや、私もこれでも夜兎に匹敵する強靭な肉体を有する種族だ。
これしきの傷では死なない。
けれど、体力の回復が著しく遅くて、今ここで意識を手放すのが少しだけ怖かった。
あぁ、気を失う前にひとつ訂正しておこう。
この片目の地球人を麗しいと思っていたのは、今しがたこの男が吐いた言葉を聴く前までだ。
口を開けば最低でした。
そういうことで、私の意識もここまでみたい。
潔く眠ってやるわ。
次に目覚めた時はどれくらい力を取り戻していられるだろう---
夢の世界へ誘われようとした、その時。
「…それだけ喚く元気がありゃ、心配ねぇな。」
先ほどから耳に心地いい、その低音で。
僅かに笑みを含んだような声が、頭上から聴こえた。
「…へ…?」
くっつきたいと頑張る瞼の仲を引き裂いて、瞳だけを動かして声のした方を見上げる。
「あの時、こんなところで死ぬわけにはいかねーと叫んだのはどこのどいつだァ?
生きたいなら足掻いてみせろや。」
見上げた視線の先で、その男は挑発的な笑みをして私を見下ろしていた。
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