6.たとえ今は笑えなくとも






「ほらほら銀時、早くなさい。」

玄関の土間で、先生が呼ぶ。

今は12/31の23時45分。

俺たちは今から除夜の鐘をつきに神社へ向かう。

「銀時、みな待っているぞ。早くせんか。」

まるで先生に迎合するみたいに、ヅラまで俺を急かしやがる。

高杉に至っては、ちゃっかり一番に身支度整えて外で待機してる始末。

ったく、てめーら先生がいるからって浮かれすぎなんじゃねーの?

「ガキじゃねーんだしよォ、」

俺はブツブツ言いながら、ブーツに足を入れた。


「おんしも似ちゅうもんじゃがのー、金時。」

アッハッハ、といつもの軽快な笑い声を上げて辰馬が、俺の頭をがしがしと撫でながら自分のブーツを履く。

「うっせーよ。」

辰馬のその手を払いのけ、俺は立ち上がった。





12月も終わりとなれば、夜の寒さはかなりのものだ。

刺すような寒さに思わず肩を竦めた。

前を歩く先生を見れば、大した防寒対策もしていないその姿が何だか俺の記憶の中の姿よりも小さく見えて。

…大丈夫なんつってたが、やっぱ寒いんじゃねーの?

思わず、着ている羽織に手をかけた。

が、それと同時に---

「先生、本当に寒くありませんか?よかったら、俺のを、」

高杉が、自分の羽織を脱いで先生に差し出した。

「ありがとう、晋助。私は本当に平気ですから。晋助こそ、風邪をひかないよう、しっかり着ていなさい。」

先生に穏やかに微笑まれて、高杉は、これまた何だかもう久しく見てないような穏やかな面して手を引き込めた。

オイオイオイオイ、高杉ィ、おめーキャラ違くね?

この世界をぶっ壊すとか言ってたのはどこのどいつだコノヤロー。


…まぁ、しょーがねェか。

先生が生きててくれたら、おめーだってあんなになっちまわなくても済んだのかもしれねーもんな…。


「先生、すみません!お伺いしたいことが、」

今度はヅラが先生に話し掛ける。

「なんですか、小太郎。相変わらず勉学にも熱心なところは変わっていませんねぇ。」

「それはそうです。まだ先生に教えて頂きたい事はたくさんありました。…えぇ、それはたくさん…、…、」

「大丈夫、まだ時間はありますから。ゆっくり話しなさい。」

先生はその優しい微笑みを同じようにヅラにも向ける。

ヅラは俯いて、はいと小さく呟き、首を縦に振った。

ヅラのこんな切なそうな面見んのも、いつぶりだろう。

先頭を歩く先生は、高杉とヅラの言葉に時折振り返りながら、歩を進めて行く。



……あぁ、先生がそこにいる。


話している。


笑っている。


投げ掛けた言葉に、向けた笑顔に、応えてくれる先生がそこにいる。




なぁ、先生。


もしもあの時先生を失わずに済んでいたら、俺たちは変わっていたかな。


これからもあなたが居てくれるというなら、俺たちの中のどこかで止まってしまっているものも動き出すかな。



「…時間ゆうのはのぉ、」

「あん?」

隣を歩く辰馬がぽつりと言葉を溢す。

どこか懐かしそうな、少し淋しげな色を瞳に映して。

「止まる事も戻る事も決してないがじゃ。」

「…あぁ、」

わかっている、そんなことは。

今のこの瞬間は、束の間に訪れた夢。


昔、あの時あの時代を、あらゆる感情と共に生き抜き越えて来たからこそ、今の俺たちがこうしている。


どんな道を歩んで来ようとも、かつてその道を通った自分が確実にここに居る。


だから、その時を振り返り、もしも戻れたとしても、そこには今の俺しかいないんだ。



「自分が決着をつけたい全てを清算して生きて来れる程、人の生は都合良くできてなんていませんよ。」


ふと、先生が振り返って言った。

あぁ、先生はわかってたんだな。

「清算したいというのは、自分勝手な思いです。
それは、自分にとって都合良く自分の心の負荷を軽くしたいだけなんです。
人生は予想出来ない事象の連続で、突如訪れるそれは、己に幸あるものかもしれない、はたまた受け入れがたい悲劇かもしれない。
それは重いかもしれない、辛いかもしれない。
それでも、それは抱えていかなきゃいけない。
そうして己はどう生きて行くのか。決めるのは自分自身です。」


先生は、にこりと微笑んで俺たちの顔を順繰り見回した。


わかってる。


あなたがこうして今居ることは、救うためではないのだと。


少しでも、俺たちの荷物を軽くするために居てくれたのだと。



そりゃあそうだろ。


あんな形であなたを失っちまったんだ、清算はおろか受け入れるのだってどれだけ難しかったか。


突然すぎて、想いのやり場もなくて、しまい込んじまったもんがある。


そいつの圧迫感っつったら半端なく苦しくて。


それでも生きて行けと、あなたはそう言うんだろ。






「それが、生きるという事ですから。」


松陽は穏やかな笑みを湛えたままに、けれど揺るぎない思いを胸に、教え子らに振り返る。


失った絶望で未来を塞いではいけない。


過去にとらわれ、未来に続く道を拒んではいけない。


愛しいものたちを遺していかねばならぬ者が願うのは、ひとつだけ。





辛く苦しい生かもしれない。

けれど、そんな中にこそある幸せを見落とさないで欲しい。


その時に、どうか笑う事ができるように。



私が願うのはそれだけです。



嘆くのは辞めなさい。


私はそんな事を願ってはいない。


私の声が聴こえますか。


私の想いは大宇から届いていますか。


お前たちが私を思い出す時、私はいつだってこうして手を広げている。








おわり
【年末は万事屋で
〜その荷が少しでも軽くなればいい〜】
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