【12.おばあちゃん】



「…なぁ、さくら。」

名を呼ばれ、あたしは教科書から視線を外し、顔を上げる。




ここは国語準備室。

開いている窓から入ってくる風は、少しだけ秋らしい涼しさを含んでいた。

夏の日差しも和らいで、夏の間は居るだけで苦痛とさえ形容された国語準備室も、今は過ごしやすい。

そんな、平日の正午。

あたしはというと、登校して来ても授業に出席せず、自習と称してこうして国語準備室に居座る毎日だった。

新学期が始まって高杉先生とあんなことがあってからのあたしは、得意の自閉癖とも言うべきか、外界との接触を避けて不登校になってしまった。
だが、銀八先生が「俺んとこにいるだけでもいいから、とりあえず学校には来い」と根気よく説得し連れ出してくれたお陰で、最近はまた登校するようになった。

無条件に、見返りも求めずにこんなあたしにも一生懸命になってくれる銀八先生は、本当にいい先生だと思う。



呼びかけて来た銀八先生は、斜め前の自分の机でパソコンを使って何か作業をしていた。

あたしは、少しだけ真剣に見えるその横顔を眺めながら、返事をする。

「なぁに、先生?」

「…あのよ、」

先生は眼鏡をはずし、ふぅと息を吐いて、こちらに半身を向けた。

「そろそろ、進路相談の時期だろ。」

あたしは目をぱちくりさせる。
進路相談。

そうだ。忘れていた。

とりあえずの、名目上の、自分の進むべき道を決めなきゃいけない。

そんな時期だ。

「どうするか決めてっか?」

「…あたしは…、。」

続ける言葉も浮かばず、あたしは下を向く。

進路、なんて。

将来、なんて。

未来、なんて。

「もし担任と話しづらいってんなら俺と面談でもいいぜ?」

押し黙るあたしを気遣うように、先生は優しく笑った。

「…銀八先生にしてもらえるの?」

「あぁ。お前んとこの担任とは話がついてるからな。俺となら少しは話し易いだろ?他の先生には知られたくないことがあるなら、そいつは俺とさくらだけの話にしておくし。」

「!銀八先生、優しい…!」

「できた先生だろ、俺。」

ニヤリと歯を見せる銀八先生に、あたしも笑顔で頷いた。

あたしのことをわかってくれている銀八先生に進路を相談できるのは、すごく助かる。
進路というよりかは、人生の相談になりそうだけど。

でも、それをわかってくれているからこそ、銀八先生はその役を買って出てくれたのだ。
先生のその心遣いが本当にありがたかった。


…でも…。

「……、進路…、ほんとに、何も考えてないんだ…。」

俯いて、呟く。

本当に、やりたいこともなりたいものもないし、これからの人生に何の希望もない。

未来なんて…あたしには必要ない。


あたしの様子を見て、銀八先生は優しく微笑んだ。

「まぁまぁ、そう言うな。
なぁ、さくら。とりあえず、だっていいんだ。
高校のときに決める進路なんてな、きっかけとかその程度だよ。視野を広げるための一つの手段だ。とりあえず進んでみた途中で本当に進みたい道が見つかることだってある。そしたらそん時に軌道修正だっていいんだ。」

言いながら、イチゴ牛乳の入ったマグカップを口に運びながら、あたしが教科書を広げている机に浅く腰掛ける。

「進路とか抜きにしてよ、今、さくらが興味あることとかやってみたいと思うこととかねーの?」

「…うーん…。」

尋ねられて、とりあえず考える素振りをしてみる。

ほんとは考えるまでもないけど。

---強いて言うなら…

「…早く人生終わりたい。」

自虐的に呟いた言葉に、銀八先生はひどく悲しげな顔をした。

「…あ…、」

それを見て、あたしもはっとする。

こんなあたしのために一生懸命になってくれてる銀八先生を前にして、言っていい言葉じゃなかった。

フォローしなきゃとおろおろしていると、それを察知したように先生は、あたしの髪をくしゃりとかき混ぜた。

「何もねぇならしょうがねーなぁ、さくらちゃんは。
なら、とりあえず先生のお嫁さんになっとく?」

ニヤリと顔を覗き込んでくる先生。

「うーん、じゃあ、第3希望に書いとく。」

あたしも同じようにニヤリと笑みを返せば、また優しく笑ってくれた。

先生は再びマグカップを口に運び、一呼吸おいた後に続ける。

「…な、大学、行ってみたらどうだ?
この前のテストだって学年2位だったじゃねーか。さくらは頭いいんだからさ、大学だって選べるし。」

少しだけ真剣な先生の口調に、あたしも少しだけ笑みを消した。

「大学は…無理だよ。」

下を向いたまま答える。

大学なんて、現実問題、無理だ。


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