部屋の前に着き、先生はカードキーを差し込んで鍵を開けた。


「ほら。先入れ。」


「ありがとうございます。」


扉が閉まるのを荷物を持った手で止めていてくれる先生の横から、先に室内へ足を踏み入れた。


「わぁ〜!すごーい!」


思わず歓声を上げてしまう。


白を貴重とした広く綺麗な室内、お洒落なドレッサー、豪華なセミダブルのベッド、窓際の英国風のテーブルと椅子、窓から見える景色。


修学旅行にしては豪華すぎる部屋に感動した。


「洗面所も見に行っていいですか?」


「あァ。」


はしゃぐあたしに軽く眉尻を下げながら、先生が続いて室内へ入って来る。


先生のそんな様子を目の端で捉えつつ、あたしの興味は洗面台の上に置いてあるバスケットへ。


「か、かわいい…!」


小さなピンクのバスケットに、綺麗な色をした化粧水の小瓶、ポプリ、レースのついたピンクのミニタオル。


これでもあたしも女の子なわけで、こういうかわいらしいものには心がときめく。


「楽しそうだな。」


アメニティに釘付けになっていると、頭上から先生の声が降って来た。


「適当にしてろな。とりあえず行ってくらァ。」


それだけ言って先生は、あたしの頭にポンと手を置いて洗面所を出ていく。


あたしもその後に続いて部屋に戻る。


「もう行っちゃうんですか、」


「あァ。この後ガキ共と合流していろいろ回って来なきゃなんねェからな。多分戻んのは7時頃だ。
それまでおとなしくしてろよ。勝手に外ブラついたりすんじゃねーぞ。」


「…はぁい。」



先生の念押しに、不承不承ながら頷いた。


わかっていたが、やはり先生に相手をしてもらうのは無理のようだ。


7時まで半日近くあるわけで、外に出れないなら何をしてその膨大な待機時間を潰せというのだろう。


つい、ため息が漏れる。


「戻って来たら、晩メシ外へ食い行くか。」


「…え…!」


あたしの落胆ぶりに見かねたかのような、思わぬ先生の一言に顔を上げる。



先生の表情は、なんだか駄々っ子を宥めるような困ったような笑みで、けれどどこか優しい。


「…じゃあ、仕方ないから、…おとなしく待ってます…。」


だから、ついほだされてしまう。


「あとでな。」


先生は、フ、と肩越しに小さく笑って、扉へ向かった。


「あっ、先生!鞄忘れてます!」


ドレッサーの脇に無造作に置かれた鞄がそのままだ。


「あ?」


先生は怪訝そうに振り返る。


その表情に、あたしも首を傾げる。


「え?これ、先生の荷物ですよね?部屋に持ってかなくていいんですか?」


すると、先生は眉間にシワを寄せて言った。


「あァ?何言ってんだ、おめェ。」


「はい?だってここあたしが泊まる部屋じゃ…、」


「おいおい、一体どこに学校サボって来た生徒に泊まる部屋まで用意してやる教師がいるってんだ?
ここは俺の部屋に決まってんだろ。」


ハ、と鼻で笑う先生。


あたしは何か勘違いをしているのだろうか。


「じ、じゃあ、あたしどこで寝れば…。」


「そこにベッドあんだろ。」


先生はベッドを顎でしゃくって示す。


「でも、ひとつですよ?先生は…、」


「床で寝るはずねーだろ。」


「…えっと、………。」


それはつまり---


「えぇ!?」


事態をおおよそで理解したあたしが目を丸くして先生の顔を仰げば、先生はさもおもしろそうに口元を歪めた。


「夜は長ェからなァ。俺を退屈させんなよ。」


「!!!」


ククク、と喉を鳴らして言い放った先生の決定的な一言に、あたしは思わず後退る。


そう、つまりは---


「せっ、先生、と…っ!?」


一緒のベッドで寝るということ。


ど、どうしよう…!!?



やっと先生が好きだって自覚したばっかりなのに、何が何でもそれは無謀というか急すぎる展開というか。

そりゃ、正直に言えば嬉しい。

勿論嫌なはずはないけれど。

けれど…、

いやその前に、先生はどんなつもりで…



などと、脳内で最高速で考えを巡らしていると、


「…マジに取んな、冗談に決まってんだろが。」


「!!」


先生の意地悪い含み笑いでもって、あたしは一瞬で羞恥の底に沈められた。


「期待に添えなくて悪かったなァ?」


「誰も期待なんてしてないですから!」


半ば怒鳴るようにして反論する。


先生はまた喉の奥でくつくつと笑った。


もう、絶対あたしの反応見て楽しんでるんだ。


本当タチ悪い、この人。


「俺ァ銀八の部屋で寝るから、この部屋は好きに使っていいぜ。荷物は帰って来たら取りに来る。」


「はいはいはい!もうさっさと行っちゃって下さい!」


恥ずかしさが拭えず、下を向いたまま腕を突っ張って先生の背中をぐいぐい押して部屋の外へ押し出した。


「何かあったら電話寄越せよ。」

「はいはいわかりましたっ。はい、行ってらっしゃいっ!」


そう言い放った途端、そこまであたしにされるがまま背中を押されていた先生の体が、ぴたりと止まる。


「…先生?」


不思議に思って先生の顔を見上げた。


「……あァ、行って来る。」


そんなあたしを見下ろし、ふわりと目元を優しくしてそう言いって先生は、部屋を出て行った。

















高杉は、ロビーへ向かいながら、ぼんやりと思う。



『行ってらっしゃい』


帰る場所がある者への、見送る言葉。


久しく聞いていない言葉が、何だかひどく懐かしかった。





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