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【6.自覚】
翌朝。
高杉先生へ付き添い修学旅行の当日。
先生は7時きっかりにあたしの家の前まで迎えに来てくれた。
その15分前に携帯が鳴って、今から向かうと連絡をくれた。
あたしは「急いで準備します」なんて答えつつ、本当はその15分前からいつ来てくれてもいいように玄関にスタンバイしていた訳で。
期待と、緊張とで落ち着かなくて。
先生には内緒だ。
ヴォン…、
車の停車音がして、玄関の引き戸のガラスに黒い影がぼんやりと 映る。
(---来た!)
土間に腰を下ろしていたあたしは弾かれるように立ち上がった。
♪♪♪〜…
同時に携帯が鳴る。
慌てて制服のポケットから携帯を取り出した。
着信はもちろん高杉先生。
「おはようございます、」
「着いたぜ。」
「は、はい。今行きます。」
早まる心臓の鼓動を落ち着かせるために大きく息を吐いて、終話ボタンを押す。
どうしよう、本当に緊張してきた。
---でも、すごく胸が踊る。
(よし、)
自分自身に気合いを入れるように頷いて、玄関の戸を開けた。
「…私服にしろっつったろーが。」
先生の開口一番はそれだった。
運転席の窓枠に肘を乗せて、わずかに身を乗り出した姿勢であたしを待っていた先生は、呆れたように息を吐いた。
「…すみません…。」
確かに言われた事を守らないあたしも悪いのだが、そんな朝からがっかりした顔をしなくても。
「…服、全部、洗濯したんです…。」
などと、見えすいた言い訳をしてみる。
そんな事一般的に考えてそうそうないけれど。
「…しょーがねェ。なら、他の奴らに見つからねェようにしろよ。」
下手くそな嘘ならとっくにバレてるとでも言いたげな顔をして、先生は目を伏せた。
「とりあえず乗れ。」
顎で助手席を指し示す。
「はい。」
多分、あたしの嘘なんてお見通しなんだろうけど。
そんな事を思いながら、促されるまま助手席に乗り込んだ。
ドアを開けた一瞬、先生の香水の匂いがふわりと薫る。
これ、何の香水なんだろう。
くせのない、清廉な香り。
大人の男の人って感じのする香り。
そうだね、あたしなんかより遥かに大人だもの。
「えーと、高杉先生。今日はよろしくお願いします 。」
「あァ。」
シートベルトをしめる前に恭しく頭を下げるあたしに適当に返事をし、先生は、
「…あ、そういや----」
何か思い出したのか、後部座席に腕を伸ばした。
「とりあえず上にこれ着てろ。」
無造作に放って寄越されたのは、黒い薄手のパーカー。
「制服よりかはマシだろ。」
言いながら、アクセルをふかし、車を発信させる。
あたしは手渡されたそれを、じーっと見下ろした。
「…先生が、着てたやつですか?」
「あ?」
「い、いえ、何でも…。」
こんなカジュアルな服も着るんだなぁ、なんて 。
先生の私服姿ってどんなだろう。
なんかスーツが一番似合う気がするけど。
先生の私服姿を想像しながらパーカーに袖を通すと、さっき車のドアを開けた時と同じ香りが、ふわりとあたしを包んだ。
先生の服。
なんだか先生に包まれてるみたい…
…なんて、……。
「………気味悪ィツラ映ってんぞ。」
言われて、はっとサイドミラーに目を向ければ、確かに、お世辞にも可愛いとは言えないニヤけ顔の自分と視線がかち合った。
自分で認めるのも悲しいけど、確かに気味悪い顔だった。
あたしはとことん、先生の前じゃ可愛い女でいられない運命なのかもしれない。
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