葛藤 1
【3.葛藤】
放課後。
何とか早退すること無く1日を過ごしたあたしは、国語準備室に来ていた。
プリントやら手帳やらを鞄に詰め込み、帰り支度を整えている銀八先生の姿を、ぼんやりと眺める。
もうすぐ3年生は修学旅行。
その準備の為に、先生は今から旅行会社とバス会社に行かなきゃいけないのだそう。
面倒くさいとか言いつつも、ちゃんと任された事は責任持ってやるのが銀八先生だ。
皆に死んだ魚の目だとか言われてるけど、
実は皆に頼りにされてて、
何より、自分の為じゃなくて生徒の為に一生懸命になれる先生。
誰隔てなく気さくで優しくて、まわりには必ず人が集まる。
集まった皆が笑顔になれる。
「…あたし、先生みたいな人になりたかったな、」
ぽつりと、呟いた。
「あ?何だって?」
「---なんでもない、独り言。
先生は雨の日は髪の毛が大変だねって言ったの。」
「そうなんだよ。どうにかしてくんない。」
「や、無理。」
冷てェなとか言いながら、先生はまた手を動かす。
---先生みたいに生きれたら、この世界はどんなふうに見えるんだろう。
「…おし、」
先生は、パチン、と書類鞄の留め具を閉じた。
「さくら。じゃー悪ィけど、先生もう行くな。」
「うん。」
あたしはこくりと頷く。
「お前も遅くならないように早く帰れよ?そろそろ学校閉まんぞ?」
「大丈夫、もう少ししたら帰るから。」
「帰り気ィつけんだぞ。」
「大丈夫だってば。はい、いってらっしゃい。」
「おー、じゃまた明日な。」
先生は、挨拶代わりにあたしの頭にぽんと手を置いて、国語準備室を出て行った。
-----ザー…
先生がいなくなった室内はとても静かで、雨の音しかしない。
校内も静かだ。
この天気じゃ生徒の皆も早く帰宅するか。
雨のせいで部屋の中はいつもより薄暗い。
年数の経った壁とか本棚とか、いつも見慣れているはずなのに物寂しい感じがした。
ノートを開き、教科書をペラペラと捲る。
とりあえず、授業の復習でもして雨が止むのを待とう。
*******
それからややして。
---…プツッ、
室内のスピーカーが入る音がした。
『…校内に残っている生徒の皆さん、閉門の時刻になりました。気をつけて帰宅しましょう…、』
蛍の光と共に、帰宅を促す校内放送が流れる。
帰らなければ。
窓の外を見た。
雨は止まない。
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