あの日、あの場所で、君に出会った。
そのこと自体が、偶然のようで、必然だと、いつしか思うようになっていた。
僕は、あれから、ちゃんと自分の足で歩いているのかな?
医療ジンテクスが成功して、2か月が経とうとしていた。
ミラのリハビリは順調で、きっと、また彼女は自分の足でしっかりと歩ける日が来るのは、そう遠くないこと。
そしたら、きっと、ミラのことだから、すぐに、クルスニクの槍を壊しに行く旅に戻ろうとするだろう。
「……」
部屋の前に立って、ドアを叩こうとした姿勢のまま、僕は躊躇する。
今、ミラを見ているのは父さんだけど、僕だって、医学生だ。それに、何より、ミラと一緒に、今まで戦ってきた仲間。躊躇うことじゃない。
なのに、こんなにも、戸惑っているのは、何故だろう。
「ジュードか?」
「ッ……!」
不意に中から声が聞こえてきて、僕は大袈裟なくらい驚いていた。
気配とか、そういうのでわかっちゃうのかな。やっぱり、マクスウェルだから。
そんなバカなことを思わず考えてしまいながら、僕は、声にしたがって、ドアを開けた。
「具合はどう? ミラ」
「あぁ、だいぶ、この痛みにも慣れてきた。確かに、これは、常人にはつらいものかもしれないな」
そう言って、ミラは何でもないことのように笑う。
けど、本当は、きっと痛いに決まってる。
ガンダラ要塞で受けたあの怪我は、一目見れば、治る見込みがないものだとわかるほど重症だった。それでも、歩けなくなるほどじゃないと、必死に治療して。
だから、ミラの足が動かない、って、みんなから聞いた時は、本当に信じられなかった。いや、信じたくなかったんだ。
けど、ル・ロンドに帰ってきて、今、ミラは、また自分の足で歩く力を手に入れた。
それは、ミラ自身の強さだ。
「どうした? ジュード」
聞かれて、僕は何でもないと首を振った。
それをミラに言ったところで、多分、全うすべき使命がある、って、言うだけだと思うから。
もう、ずっと一緒にいるんだから、わかってる。
「ここは、本当に良いところだな」
「え…?」
不意に、ミラが微笑んでそんなことを言うから、僕は思わず聞き返す。
そしたら、ミラは窓の外に目を向け、感慨深げに言った。
「ニ・アケリアとはまた違う、良い街だ。皆も、私のことを自分のことのように心配してくれる。私も、すっかり、ここの住人のようになってしまった」
「気さくな人が多いからね、ル・ロンドは」
「あぁ。だから、君のような、世話焼きな人間が育ったのだろうな」
どこか茶化したように言われて、けれど、僕には反論する言葉がなかった。
世話焼き、って、確かにそうかもしれないな。
子供の頃からずっと一緒だったレイアが、病気がちだったから心配する癖がついちゃったのかも。
「だが、それは君の美徳だ。大切にするといい」
まるで、僕の心を読んだように、ミラがそんなことを呟く。
少し、不思議な感覚だった。
出会った頃は、自分の使命を優先させて、あまり他のことは顧みない感じだったのに。
「ミラもね。大事な使命があるのはわかってると思うけど、ここでこうして過ごしてる時間も、多分、これから先、すごく大事になってくるんじゃないかな?」
時間や、仲間と過ごす日々が、少しずつ、ミラを変えた。
それを、僕は、ずっと見てきたから。
けど、そんな僕の言葉が意外だったのか、ミラは、驚いたような顔をして、それから、笑ってみせた。
「そうかもしれないな。人間とは、こうして成長していくものなのだと、改めて気付いたよ。そして、短期間で、変われる強さを持っていることも」
「え…?」
不意に、ミラが僕を見て言うから思わず聞き返せば、ミラは相変わらずの表情で言う。
「ありがとう、ジュード。君には、感謝してもしきれないな」
「そ、そんなこと……」
「君が支えてくれた、その事実はとても大きく、かけがえのないものだと、私は思っているよ。私との旅の中で、君が、自分の成すべきことを見つけられたのであれば、嬉しく思う」
「ミラ……」
ふっと微笑む、その表情から目が逸らせなくなる。
いつから、ミラはこんな風に笑いかけてくれるようになったんだろう。
いつも一緒だったから、自然と馴染んでいって、今まで気付けなかったけれど。
「僕の、成すべきこと……」
ミラの言葉を、反芻して、僕はそっと自分の胸に手を当ててみる。
僕が、今やりたいこと、それは……。
「ジュード、どこにいるの?」
「レ、レイア!」
急に声が聞こえてきて、思わず慌ててしまう。そしたら、すぐ近くで、笑い声が聞こえた。
「また、何か取ってきて食べさせてくれるのだろう? 期待しているぞ、ジュード」
「ミラってば、本当に、食べるのがすきなんだね」
「うむ、この体になって、ようやく、食べる、ということの楽しさを知ったからな。それに、ジュードの作る物は何でもおいしいから好きだ」
「ッ……!」
何気ない笑顔。
何気ない、すき、という言葉。
たったそれだけなのに、一瞬にして跳ね上がる心拍数を押さえるのは難しくて。
「い、行ってくるよ!」
それだけ言って、気をつけてな、と、背中にかけられた声に、僕は答えることが出来なかった。
いつの間にか、世界の命運をかけた戦いに身を投じて。
始めは、すごく戸惑ったし、どうしたらいいのかわからなくなることもあった。
けど、ミラは、いつだって、真っ直ぐに、自分の信念を持っていて。
そんな彼女に、凄く影響を受けた。
そして、願うようになったんだ。
ミラと一緒にいたい。同じ時間を共有したい、って。
成すべきこと、とは少し違うかもしれないけど、これが、僕の本心だから。
その願い、いつか、叶うかな?