笑って、泣いて。
嬉しかったり、悲しかったり。
たくさんの人の想い、たくさんの人の命で繋がれたこの世界。
自分という存在の意味を知るまで、私にはわからないことだらけだったけど。
きっと、自分が何者だから、なんて関係ない。
私自身、大切にしたい、って、心から願った。
潮風が、本当に気持ちいい。
水陸両用のバンエルティア号は、つい最近までルバーブ連山の近くに停泊していて、久しく海なんて見ていなかった気がする。
「気持ちいいなぁ…」
何の記憶も持たない私を受け入れてくれたギルドのみんな。
そして、初めて見る景色、初めて出会うたくさんの人々。
自分が何者か、なんて考えている暇もないくらいに、忙しい毎日。それが、すごく心地良くて。
「リシリア?」
不意に呼びかけられて、私は、思わず、勢い良く振り返った。
「セネル! どうしたの?」
「いや、俺も、ただ何となく、潮風に当たりにな」
「そっか、まりんとるーぱー、だもんね?」
「…おい、あまりわからずに言ってるだろ?」
私が必死に記憶を手繰り寄せて聞いてみれば、半眼で返される。
うぅ、ちょっとは、私なりに打ち解けたつもりだったんだけどなぁ。
初めてこのギルドに来て、パーティーを組んだのがセネルだった。少し不愛想に感じたけど、優しくて、いろいろ助けてもらったっけ。
ふと、そんなことを思って。
「セネル、今更だけど、ありがとう」
「え…?」
本当に急に言い出したからか、セネルは驚いたような声を上げる。けど、今までちゃんと言えなかったから、言っておきたかったんだ。
「私がここに入ったばかりで、何もかもよくわからなかった時、いっぱい助けてもらったから」
「とか言いつつ、戦えたんだから、すぐに慣れただろ? 戦闘に関しては、俺よりルカやスタンに聞けば良かったんじゃないか?」
「それでも!」
確かに、剣術を教えてもらう、っていうなら、セネルは適役じゃないかもしれない。それでも、一緒にクエストをしてもらってたのは、
「セネルが好きだからよ。一緒に戦ってても、安心して敵に対峙できるもの」
これが、私の本心。
戦い方は、確かに知っていた。でも、誰かに背中を預けられる経験って言うのは、本当になくて。というより、私の記憶の中には存在してなくて。
それを、始めに教えてくれたのは、カノンノ。そして、同行してくれたセネル。
ぶっきらぼうだって、話しかけにくいって、言う人もいるけれど、少なくとも、私はそうは思わなかった。
確かに、始めは、人を寄せ付けない雰囲気があって、ちょっと怖かったし、あまり私とも話してくれなかったけれど、一緒にパーティーを組んでいくうちに、セネルのこと、ちゃんとわかってきたんだ。
兄としての立場もあるからか、それとも元々の性格か、セネルは、ものすごく面倒見が良くて。ダンジョン探索で私が困っている時は、すぐにアイテムを使って助けてくれた。
「いっつもクエストの時にはついてきてもらってるけど、セネルだから、安心できるの。前衛同士、ぶつかることもあるけれど」
言いながら、私はセネルに向かって手を出す。そしたら、訝しげな表情を見せられたから、私は、笑って答えた。
「これからも、よろしくね、の、握手」
「……」
はっきり言ってみれば、セネルは何か言いたげに口を開こうとする。けど、すぐに止めて、笑ってみせた。
「これが、ディセンダーの力、ってやつなのかもな? いや、リシリアだからこそ、か」
「……?」
独り言のようなセネルの言葉に聞き返そうとしたけど、彼は、その前に私の手を握り返してくれた。
「こちらこそ。ルミナシアの危機、救ってやらないとな」
「うん!」
私も笑顔を返して、もう一度、固く手を握った。
いつか、私が世界樹に還る日が来たとしても。
きっと、忘れることはないだろう。
あなたと過ごした、大切な時間は。