不思議な感覚だった。
僕は人間で、彼女は精霊。
初めて出会った時にそれを理解して、事実としてそれを受け入れた。
つもりだった。
――なじまない距離は、うまくあなたを捉えられなくて――
静かな時間、と、これを呼んでいいのだろうか。
不意に自問して、けど、それが無駄なことだってわかって、やめた。
ニ・アケリアの里は、まるで、僕とミラとの出会いが嘘だったみたいに、時の流れが遅く感じられる。
「おぉ、マクスウェル様じゃ」
「マクスウェル様…」
そして、ミラが歩く度に聞こえる、村人たちの声。
それは、崇拝だ。
マクスウェル信仰の深いこの里にとって、ミラは敬意を払うべき神様のような存在。うぅん、実際、マクスウェルって、精霊の長なんだから、すごい存在だっていうのは間違っていない。
けれど…、
「どうした? ジュード」
不意に声をかけられて、僕は大袈裟なくらい肩を震わせてしまった。ゆっくり振り返れば、そこには、悠然とした姿でミラが立っている。
揺るがない。
ふと、そんなことを思った。
「ううん、何でもないよ。ただ、この静かな雰囲気が、ちょっとだけ故郷に似てるな、って」
「そうか」
僕の言葉に、ミラはそれ以上何も言わない。
多分、何かを言わなきゃいけないのは僕の方だ。ミラは、僕を巻き込んでしまったからって、自分は使命を果たすためにまた旅に出ようとしているのに、僕をこの里で暮らしていけるようにしてくれようとしている。
けど、何かが違う。
心が、そう叫んでいる気がするのに、うまく言葉にできないのは、多分、僕が、ミラの使命を正しく理解していないからで、自分自身、答えに迷っているから。
「ジュード、君は…」
「え…?」
ミラが、不意に僕の顔を覗き込むようにして、言ってくる。
距離が…、近いっ!!
思わず跳ね上がりそうになる心臓を何とか抑えつけ、目線をなるべく下げないように心がけて、ミラを見る。
けれど、彼女がそれ以上言葉を続けることはなくて、僕の頭にぽんと手をおくと、そのまま、歩いていってしまった。
その背中を見送りながら、僕は、ついため息をついてしまう。
ミラから見れば、僕は十分子供で、というか、そもそも次元の違う存在で、そして、僕のこの迷いにも多分気付いてる。
気付いていて、何も言わない。それは、自分の道は自分で決めろ、ということで。
「わからないよ、ミラ…」
思わず呟いた言葉は、吹き抜ける風にさらわれ、ミラに届いただろうか。
わけがわからないうちに巻き込まれて、気付いたら、後を追うようにミラについていっていた。
それが、自分の意思と呼べるものか、始めはわからなかったけど、旅をして、ミラの想いがようやく理解し始めた時、それは、僕の中で、ミラを勝たせたい、という、確固たる意志に変わっていって。
それを、揺るがない、僕の信念だと思っていた。
なのに、
「ミラッ! ミラーーーーーっ!!」
手を伸ばしても、届かない。そんな想いは二度としたくないと、ようやく、君との距離を縮めることができたと思ったのに。
『君と一緒に、か。そうだな、考えておこう』
そう言ってミラが笑った時、確かに、この手の中に、思い描ける未来を掴んだと思ったのに。
「ッ……!」
もう、声も出ない。届かない。最後のミラの表情が、頭をちらついて離れなくて。
僕は、君に何を伝えられた?
伸ばした手の先に、君はもういない。
結局掴めなかった距離感に、自分の無力さを知る。
ミラと一緒にいたい、ただその想いを、胸に抱きながら。